薬物療法

こころのくすりを用いた治療法

心療内科・精神科では、抗うつ薬・睡眠薬など、脳に効くことで、こころの不調を改善する様々なくすりを使います。

 

薬には、効果と副作用の双方があり、人によって相性もあります。良し悪しの両極端にならず、その人へのベストの薬を模索します。

 

くすりのアプローチと、生活や行動面のアプローチは2択ではありません。双方を活用してのいい方向の相互作用をめざします。

もくじ

 

はじめに

薬の治療は、こころの治療での重要な方法の一つです。

 

心療内科・精神科で治療を行っていく中で、患者さんごとで大きく意見や考え方がわかれるのが「薬物療法」、つまり薬をどのくらい活用したいかになります。ここ最近では、心療内科の分野が周知されるに伴い、薬の情報も、インターネット等で幅広く入手できるようになっていますが、その視点は様々で、中には極端と思えるものもあるようです。その中で、当院では、どのような方向性で薬物療法を考えているか、まとめていきたいと思います。

 

二極化する薬への考え

全面否定と、全面肯定の両極端になることがあるようです。

  

薬に対する意見は、おおむね二極化している傾向を感じます。「薬を絶対使いたくない(全面否定)」との意見と、「どの症状も薬で改善したい(全面肯定)」との意見の2つです。では、この2つについて、詳しく見てみましょう。

 

二極化①薬の全面否定

 

副作用などのイメージが先行しすぎる場合もあるように思われます。

一方の意見は「薬を絶対使いたくない」との意見です。その理由の例としては、以下のようなものがあがります。

  

以前では抗うつ薬の離脱症状、最近では抗不安薬・睡眠薬の依存性など、副作用に非常に強く焦点が当たった記事がしばしば見られ、その影響は少なくないことが推察されます。確かに薬には副作用がつきものであり、また安易な薬の使用による依存の発生は厳に戒めねばなりません。

一方で、病態によっては明確に薬が必要な場合もあり、また、薬によって休養を確保して悪化を防げる場合もあります。薬の効果と、副作用やリスクの両面を、バランスを取って判断することが重要と考えます。

 

二極化②薬の全面肯定

 

一方で、薬も万能ではなく、副作用が出ることもあります。

  

一方で、「薬を増やせばどんな症状も良くなる」等、すべての症状を薬で解決したい、とのご要望を受けることもあります。たとえば、ストレスや生活リズムの乱れを背景とした重度の不眠を、薬の増量で何とかしてほしい、等のご要望があります。

その場合、薬を増やしても改善は難しくむしろ日中の眠気の悪化などに至ることが多く、より心理・行動的なアプローチ(生活リズムの改善や問題解決など)が有効になるでしょう。

 

中道を目指す:当院での薬物療法のアプローチ

 

まずは状態を見極め、必要な時に、なるべく副作用の少ない薬から提案します。

当院での薬物療法のアプローチは、その両極ではなく、いわば中間(中道)を目指しています。つまり、

方向性です。

  

繰り返しになりますが、薬には、期待できる効果(もしくは実際の効果)と、起こりえる副作用や依存性のリスクの双方があります。そして、その人ごとに、同じ病名でも様々な背景(重症度、薬の効果、副作用の出やすさ、背景となる状況など)があり、その人にとっての薬の効果とリスクのバランスは変わってきます。総合的な状態の把握により、その人にとって薬を使うことが適切か、どの薬が適切かを相談のうえ、その人ごとに判断していくことを方針としています。

そのなかでも、病名や病態により、薬の必要性の度合いは大きく異なってきます。具体的には、以下の4つに分かれると考えます。

 

①薬の治療が非常に必要な例(統合失調症など)

 

治療のために、薬を続ける必要があるこころの病もあります。

  

この2つに関しては、「もし薬を使用しなかった場合」急性の悪化・再燃に至る危険が非常に強く、それはご本人や周囲に対して強い影響を与えてしまうため、必要性が非常に高いと考えます。その中で、どの薬が効果が強いか、副作用がどの薬で出やすいか等を検討し、必要最小限を踏まえつつ処方を行っていきます。

 

②薬の有効性が大きく期待される例(うつ病など)

改善や再燃予防のために、必要性の高い薬もあります。

  

薬の使用によって、悪化予防、改善効果、(休職時の)復帰までの期間短縮などが期待される場合は、薬物療法の使用を検討します。ただし、人によっては副作用が出やすく、リスクが上回る場合もありうるため、相性を慎重に検討しつつ処方していきます。

 

③薬の有効性に個人差がある例(ADHDなど)

効果に個人差が大きく、効果が上回るときに継続します。

●認知症進行予防への抗認知症薬の使用
(あくまで「進行予防」であり、治癒するわけではない)
  
●アルコール依存症への抗酒薬、飲酒欲求抑制薬の使用
  
(薬物療法単体では困難で、治療意欲と精神的アプローチとの並行が重要)
  
●ADHDへの抗ADHD薬(アトモキセチン、メチルフェニデート徐放製剤等)の使用
  
(症状の改善であり治癒はしない。行動面のアプローチ継続等の並行が重要)
  
●自閉症スペクトラム障害への興奮への抗精神病薬の使用
  
(リスペリドン、アリピプラゾール等が適応。あくまで症状緩和) など
  

これらは薬物療法の有効性が期待できる一方で、単体で絶対的な効果があるわけではありません。他の治療・援助方法との組み合わせも検討しつつ、効果とリスク・費用などのバランスを勘案して、使用の有無を検討していきます。

 

④薬の効果が限定的な例(適応障害など)

 

あくまで補助的なことを踏まえ、必要な場合にのみ薬を使う場合です。

(うつ病に該当しない)適応障害など、ストレス、心理的な介入が重要な場合においては、薬の使用に関しては慎重に検討する必要があります。ただし、

など、生活への影響の強い症状に対して補助的に薬物療法を行い、他の介入も並行することで、改善を導きやすくなる場合もあります。

 

各論①抗うつ薬

 

効果が出るまで数週かかり、続けることで効果を期待します。

【対象疾患】
うつ病、うつ状態、パニック障害、社会不安障害等
  
【代表的な薬】
  
セルトラリン(SSRI)
  
デュロキセチン(SNRI)
  
ミルタザピン(NaSSA)
  
クロミプラミン(三環系)
  
【概略】
  
うつ病に対しての薬ですが、類縁疾患であるパニック障害、社会不安障害、強迫性障害への効果も示唆されています。以前は三環系抗うつ薬が主体で、効果は強い一方で、強い喉の渇きなどの副作用が問題になっていました。近年、SSRI,SNRIなど、副作用の少ない抗うつ薬が相次いで開発され、治療の導入が行いやすくなりました。
  
【効果の特徴】
  
落ち込み、不安、意欲などの「うつ・不安」症状全般への効果が期待されます。効果が出るまで2-4週必要なことが多く、続けて使用することが必要です。副作用を減らすため、少量から徐々に増やす方法がとられます。
  
【副作用・依存性と注意点】
  
SSRI・SNRIの短期的な副作用として、めまいや腹部症状(吐き気、下痢等)が見られますが、1日―1週で改善することが大半です。NaSSAの主な副作用は強い眠気です。三環系抗うつ薬は、少量では副作用は少ないですが、量が増えるとのどの渇き、眠気など、副作用が多くなります。特にSSRI,SNRIでは離脱症状(急に服薬中止した時の症状)に注意が必要です。そのため、服薬は定期的に行い、減薬の時も徐々に行うことが重要です。一方、服薬と効果に時間差があり、精神的な依存は見られません。
  
【補足】
  
抗鬱作用を目的として、アリピプラゾール、スルピリド等を用いる場合があります。
 

各論②抗不安薬

すぐ効果が出ますが、あくまで対症療法であることに注意が必要です。

  
【対象疾患】
不安障害、うつ病、自律神経失調症など
  
【代表的な薬】
  
エチゾラム(短時間型)
  
ロラゼパム(中間型)
  
ロフラゼブ酸エチル(超長時間型)等
  
【概略】
  
ベンゾジアゼピン系と言われ、不安・緊張を和らげる薬で、即効性があります。効果がわかりやすく使いやすい一方で、根本治療ではなく依存性の問題があるため、その点に注意が必要です。
  
【効果の特徴】
  
即効性があり、服用後15-30分で効果が出現します。一方で薬が残っているときのみ効果が出るため、短時間型・中間型では4-8時間ほどで効果が切れます。超長時間型の場合は、効果は弱めですが数日効果が持続します。
  
【副作用・依存性と注意点】
  
短期的には眠気以外副作用が少ない一方で、長期的には特に短時間型の場合に「依存性」の問題があります。効果が実感しやすい分減薬に不安が生じやすい面もありますが、なるべく短期間での減薬、中止が望まれます。また、アルコールとの相性が悪いため、服用時は飲酒はしないことが必要です。
 

各論③睡眠薬

 

依存性、効果の面からは一長一短であり、状態に応じ使い分けます。

  
【対象疾患】不眠症
  
【代表的な薬】
  
ゾルピデム(超短時間型)
  
ブロチゾラム(短時間型)
  
ニトラゼパム(中時間型)
  
ラメルテオン(メラトニン受容体作動薬)
  
スボレキサント(オレキシン受容体拮抗薬)
  
【概略】
  
睡眠をとるための薬です。大半はベンゾジアゼピン系薬もしくはそれ類似のものであり、様々な持続時間の薬があります。依存性の問題が指摘されていることを背景に、依存性の少ない睡眠薬(ラメルテオン、スボレキサント)が近年開発されました。
  
【効果の特徴】
  
ベンゾジアゼピン(Bz)薬に関しては、持続時間が超短時間から長時間まで様々であり、睡眠障害(不眠症)のタイプによって使い分けをしていきます。ラメルテオン、スボレキサントに関しては、効果の個人差が大きい傾向があります。
  
【副作用・依存性と注意点】
  
効果が長いBz系睡眠薬やラメルテオン、スボレキサントに関しては、日中の眠気が問題になることがあります。逆に、短時間作用の薬に関しては、依存の問題が出ることがあります。抗不安薬と同様、アルコールとの相性が悪い点に注意が必要です。
  
【補足】
  
睡眠を助けるために、一部の抗うつ薬(トラゾドン等)、抗精神病薬(クロルプロマジン等)を用いる場合があります。
 

各論④抗精神病薬

統合失調症の場合は続けて使う事が再燃予防に必要とされます。

  
【対象疾患】統合失調症、躁うつ病等
  
【代表的な薬】
  
リスペリドン
  
オランザピン
  
アリピプラゾール
  
ハロペリドール
  
クロルプロマジン
  
【概略】
  
脳内のドーパミン等の受容体をブロックすることで、興奮、刺激への敏感さなどを軽減する薬です。統合失調症の病態として「ドーパミンの過剰」があり、その治療のために主に使用します。躁うつ病の躁状態、自閉スペクトラム障害での「刺激への敏感さ(興奮)」に使われる場合もあります。
  
【効果の特徴】
  
眠気などの自覚的な効果は、使用初期から発生します。統合失調症の治療の場合、継続することで、数日して病状の改善が見られ始めます。また、統合失調症に関しては、継続することで再燃を抑える作用があります。
  
【副作用・依存性と注意点】
  
薬の性質上、眠気、倦怠感(だるさ)が出ることがあり、量が増えるほど強くなる傾向があります。その他、歩きにくくなるなどのパーキンソン症状などの副作用が出ることがありますが、以前と比べると薬の種類、使用量の変化のため、副作用は減る傾向があります。
 

各論⑤気分安定薬

 

躁うつ病の場合は続けて使う事が再燃予防に必要とされます。

  
【対象疾患】双極性障害(躁うつ病)
  
【代表的な薬】
  
炭酸リチウム
  
バルプロ酸ナトリウム
  
カルバマゼピン
ラモトリギン
  
【概略】
  
躁うつ病の気分変動を抑え、病状を安定させる薬です。近年では、うつ病と紛らわしい双極性Ⅱ型障害の存在が指摘され、その場合は抗うつ薬が無効の代わりに、気分安定薬が有効になります。
  
【効果の特徴】
  
数日で効果が出る場合もありますが、基本的には継続することで効果を出していく薬です。
  
【副作用・依存性と注意点】
  
眠気、だるさが出ることがあるほか、リチウムの場合は手の震えが、バルプロ酸では肝障害、カルバマゼピンでは薬疹が出ることがあります。いずれも濃度が多くなりすぎると有害になるため、十分量を継続して使う場合は、定期的な血中濃度の測定が望まれます。妊娠の際には、この3剤は影響が出ることが多いといわれます。妊娠を検討する場合は、病状を見つつの薬の変更(オランザピン等へ)も検討することが望まれます。なお、双極性障害のうつ状態にラモトリギンを用いることがありますが、薬疹のリスクが高く、慎重に用いる必要があります。
 

各論⑥ADHD治療薬

 

効果・副作用に個人差があり、使用しつつ継続すべきかを見極めます。

  
【対象疾患】ADHD(注意欠陥多動性障害)
  
【代表的な薬】
  
アトモキセチン
  
メチルフェニデート徐放製剤
  
グアンファシン(18歳未満のみの適応)
  
【概略】
  
前頭葉などを刺激する等のメカニズムよって、ADHDの症状(不注意・多動・衝動性)の改善を図る薬です。以前はメチルフェニデートが使用されていましたが依存性などの問題から使用できなくなっており、今は上記3剤が使用されます。
  
【効果の特徴】
  
メチルフェニデート徐放製剤は即効性がある一方で、朝に飲むと、夕方以降効果が弱まる場合があります。一方でアトモキセチンは効果発生まで1-2か月、グアンファシンは1-3週ほどかかるといわれます。この3剤はいずれも継続使用が必要です。
  
【副作用・依存性と注意点】
  
メチルフェニデート徐放製剤では不眠や食欲低下の問題があり、徐放化によって軽減したものの、依存のリスクが一部残っています。アトモキセチンは依存性はありませんが、消化器症状(吐き気など)が出ることがあります。グアンファシンは依存性はありませんが、徐脈、低血圧(立ちくらみや、重度だと失神など)の副作用が出る場合があります。
 

各論⑦抗認知症薬

症状進行を遅らせるために、継続する薬です。

  
【対象疾患】アルツハイマー型認知症
  
【代表的な薬】
  
ドネペジル(抗AchE阻害薬)
  
ガランタミン(抗AchE阻害薬)
  
リバスチグミン(貼り薬、抗AchE阻害薬)
  
メマンチン(NMDA受容体拮抗薬)
  
【概略】
  
アルツハイマー型認知症は、年単位で徐々に物忘れ等が進行していく病気ですが、その進行を遅らせることが期待される薬です。ただし、進行を(完全に)止めたり、回復することは難しく、最終的には薬を使っていても徐々に認知症は進行します。
  
【効果の特徴】
  
いずれも、継続することで、進行を遅らせる作用がある薬です。初期に、一時的に認知機能が回復するとの報告もありますが、基本的には効果は目立ちません。
  
【副作用・依存性と注意点】
  
抗AchE阻害薬においては、人によっては下痢や吐き気、焦り、不安などが目立つ場合があり、その場合には対応か中止が必要になることがあります。メマンチンでは、人によりめまい、ふらつき、眠気が目立ち、時に転倒につながることがあります。
 

各論⑧抗酒薬、断酒補助剤

 

断酒・減酒の取り組みを前提として、それを助ける薬です。

  
【対象疾患】アルコール依存症
  
【代表的な薬】
  
シアナマイド(抗酒薬)
  
ジスルフィラム(抗酒薬)
  
アカンプロサート(断酒補助剤)
ナルメフェン(飲酒量低減薬)
  
【概略】
  
抗酒薬は、服用した状態で飲酒すると不快感などが強く目立つようになることで、飲酒を不快なものに変えることで断酒を補助する薬です。一方、断酒補助剤(アカンプロサート)は、飲酒欲求そのものを減らすことを目的とした薬です。
  
【効果の特徴】
  
抗酒薬は、あくまで飲酒した時の反応の違いでのみ効果がでます。断酒補助剤は、継続することで一定の効果がでます。
  
【副作用・依存性と注意点】
  
抗酒薬は、肝臓への負担がかかるほか、服薬時に大量飲酒をすると危険な状態になることがあるため、断酒の意思の確認の上での使用が必要です。断酒補助剤の副作用は軽度です。どちらも、あくまで「断酒の続行を補助する」効果にとどまり、自助グループ参加など、薬以外の方法論を並行することが必要になります。
  
【補足:ナルメフェン】
  
これまでは断酒がアルコール依存の目標とされましたが、現実的に「減酒」が目標となる場合も出てきています。その際の薬として、飲酒量低減薬のナルメフェンが2019年より使用可能になりました。これは、飲酒の1-2時間前に服用することで、飲酒量を減らし、多量飲酒を防ぐ事を目的とした薬です。