移行期医療
トランジション

小児から成人へ、医療の橋渡し

発達障害などは小児から成人まで継続する障害です。そのため、10代で、小児から成人医療への移行が必要になります。

 

治療者も変わりますが、目標や、障害に取り組む主体の変化もあり、周囲よりも自らが主体になって取り組む方向になります。

もくじ

 

はじめに

こども→おとなへ、スムーズな治療の移行が重要です。

発達障害への関心が小児期・成人期の双方で強まってきています。その中で、自閉症スペクトラムやADHDなど、継続的なかかわりが必要な状態の方に対しては、10代の段階で、「こどもの治療」から、「おとなの治療」に移行していくことが重要になります。

一方で、たとえば小児科から心療内科(大人)に移った場合などに、そのスタンスの違いに戸惑われる声も聴くことがあります。また、治療者以外にも、病気との付き合い方や目標も、こども→大人で変化してきます。

子供から大人へ、スムーズな移行ができてこそ、早期からの取り組みもより生きてきます。そのための移行期医療(トランジション)の意味とあり方について、ここでは述べていきます。

移行期医療(トランジション)とは

子供と大人の中間での医療です。

発達障害などの、治療、取り組みの継続が必要な状態の場合は、はじめは児童精神科などで「こども」としてケアを受けていたとき、時間が経過して子供から大人になった場合には、次第に「おとな」としてのケアに移行していきます。

一番わかりやすいのは、小児科や児童精神科といった「こどもの診療科」から、心療内科や精神科といった「おとなの診療科」に移るという側面です。これは必要なことですが、一方で治療への取り組みの視点に違いがあるため、移行初期には戸惑われる方もいらっしゃるようです。そして、治療への取り組みが違う背景には、こどもとおとなでは、治療の主体や付き合い方などに違いがあることがあります。

同じ病気や障害でも、年代によって、求められる関わりは変化し、それに対応することが重要です。具体的には、次のような変化が、移行期(10代)では出てきます。

これらについて、具体的に見ていきます。(ここでは、知的障害がない、もしくはあっても軽度など、将来的に自立可能な場合を想定しています。知的障害が重度など、成人期にも生活面などの保護が必要な場合もあり、その場合は、様々な障害者福祉サービスを必要に応じて活用しつつの生活を目指すことになります)

トランジション①治療者・診療科の変化

小児科などから、(おとなの)心療内科・精神科に移行します。

まず、医療という点では、小児科・児童精神科といった「こどもの診療科」から、心療内科・精神科といった「おとなの診療科」への移行があります。

時に、こどもの診療科は「母性」、おとなの診療科は「父性」といったたとえが用いられる場合があります。前者は「周囲が、本人を保護する」モデル、後者は「本人が主体で、治療者は本人の自立を助けていく」モデル、と言い換えられるかと思います。働きかける相手が、保護者の方から本人へ移っていく面もあろうかと思われます。

また、もう少し身近な面で見ると、他に待っている人が「こども」→「おとな」に変わるとの意味でもあります。初めは戸惑いも予想されますが、長期的には「おとなへの仲間入り」をイメージできる面もあろうかと思われます。

トランジション②治療主体の変化(保護→自立)

治療に主に取り組む人が、家族からご本人に移っていきます。

診療科のみでなく、同じ病気・障害でも、関わる主体が、こども→おとなにおいて変化してきます。

「こども」の場合は、「周囲がいかに本人を保護し、伸ばすか」の視点が大きいと思われます。保護者や関係者が、本人が適した環境を探し、二次障害を防ぐ関わりを継続し、障害の影響を最小にして、成人後につなげていくことを目指します。

一方で、「おとな」になると、主体が本人に移っていき、「本人がいかに病気・障害の特性を理解し、対策を取っていくか」が重要になります。特性を理解し、強みを生かしながら弱点をカバーし、必要なら弱点を弱めるための訓練を行っていきます。

この変化に直面したとき、はじめは「突き放された」等の印象を持つこともあるかもしれません。一方で、治療の主体が自分に移ることで、より主体的に病気・障害と付き合っていける面も、次第に出てくることがあるでしょう。

トランジション③目標の変化(学校生活→社会生活)

社会で仕事等をするための技術が求められます。

治療主体が変化する背景には、本人の環境と目標が「こども」と「おとな」で変わってくることがあります。

「こども」の時期の環境は主に「学校等」と「家庭」であり、成長前で能力には課題がある一方、周囲の目が行き届いた環境になります。基本的には「保護を受けている」状態であり、仮にうまくいかない場合も、周囲がサポートしやすい状態にあります。このように保護を受けつつ、学校生活を全うし、能力を伸ばすことが、この時期の課題です。

一方で、「おとな」の時期の環境は主に「職場」になり、家でもしばしば単身生活など家族の保護を受けない環境になります。そのためこの時期では、まず家族等の保護が減っても生活を継続できることが必要になり、特に仕事をする場合は、自分で症状を管理しつつ、時に理解を求めながら職場に貢献していくことが求められます。

「おとな」になり社会生活を目標にした場合、自分が主体になって生活リズムを組み立て、症状を管理しつつ他者と関わっていくことが求められます。

トランジション④病気との付き合い方の変化

「守ってもらう」から、「自分で対応する」へ。

目標や環境が変わってくるに伴い、病気・障害との付き合い方もおのずと変わってきます。

「こども」の時期には、本人にとって「いい」環境を、家族や関係者などが作っていくことが重要になります。強みや弱点を分析しつつ適切な教育環境を検討し、ペアレントトレーニングも含めた、本人の自己評価を下げず二次障害を防いでいく関わりを継続し、病気・障害の影響の最小化を図ります。この中で、ご本人に求められるのは、与えられた環境でやるべきと定義されたことを全うすることになります。

一方で「おとな」の時期になると、原則として自分自身が、病気・障害を抱えつつ環境や他者と関わっていくことになります。障害者福祉サービス・障害者雇用など、活用できるサポートは成人後もありますが、「こども」の時期のように手厚くなされることは難しいのが現状です。その反面、「こども」の時期の学習の蓄積を生かし、主体的に病気・障害と付き合っていく方法を模索することも、「こども」時代より行いやすくなっている面もあるでしょう。

学習を生かしつつ、試行錯誤しながら主体的によりよい生活、仕事の仕方を模索していくことが、この時期では重要になります。

話は戻りますが、このような「病気との付き合い方の違い」を背景にして、「こどもの診療科」と「おとなの診療科」での治療スタンスの違いが生じてくると思われます。

現状での移行期医療の課題

これらの変化をスムーズに行うことには、まだ課題が残っています。

このように、「こども」→「おとな」への治療の移行は重要ですが、医療提供の面で課題が指摘される時期でもあるようです。代表的な課題は次のようになります。

①移行が進まない

長期間関わる病気・障害であるほど、「経過を知っている」ことが重要になり、「治療者が変わる」ことへの不安が大きくなりやすい面があります。そのため、成人になっても小児科・児童精神科等を続けて受診する場合も見られます。継続性という面ではこの考えも一理あるのですが、特に社会での関わりを考えるとき、年代による課題の変化に伴って、こどもの診療科→おとなの診療科への移行が望まれるところです。

(この考えを背景に、こどもの治療の医療機関では、「中学生まで」等の年齢制限と、その後の大人の診療科への移行をルールとするところもあります。その場合、受け皿としての(10代に対応できる)「おとなの診療科」が重要になります)

②治療が中断する

こどもの診療科での「年齢制限」がある場合に、その科での治療終了後、「おとなの診療科」につながらず、治療が中断することがあります。しかし、特に発達障害など、特性は持続する病気・障害の場合、大人に近づいても、形を変えた課題が再度出現してきます。その時治療が中断していると対策がとれず、二次障害などが強まり、強い不調をきたすリスクがあります。また、薬により安定しているときに治療終了で薬が中断になることで、症状が再燃し、回復に時間がかかってしまうこともあります。

③急な変化で混乱する

一方で、「こどもの診療科」→「おとなの診療科」への移行を行った場合でも、治療方針や見立てなどが急に変わり、混乱してしまうことがあります。両者の治療方針の違いは、前述のように根拠があることではあるのですが、治療を受ける側(患者さん)としては、急に方針が変化してしまっては混乱するのも無理はありません。その結果、治療が中断し、病状が不安定になってしまうこともあり得るため、私たち医療者としては、このような急な混乱はできる限り防いでいきたいところです。

課題への対策

変化の大きさを受け止めつつ、なるべくスムーズな変化を心がけます。

上述のような「移行期の混乱」は、治療としてできる限り避けなければなりません。スムーズに移行していくために、次のようなことが重要になると考えます。

①徐々に治療方針等を移行していく

先ほどの課題の中で、「急な変化」が、変更時の混乱、治療中断双方の誘因になっていると思われます。そのため、特に移行初期は、なるべくこれまでの治療方針等を変えすぎず、徐々に移行していくことが非常に重要と思われます。引き継ぐ側(おとなの診療科)としては、医療機関や学校、福祉機関などで、これまで、どのような方向性、目標でサポートが続けられてきたかを理解していくことが、対策の第一歩になると思われます。

②互いの立場・環境を理解する

「急な変化」のもう一つの背景は、「こども」と「おとな」の治療方針の違いに基づくと思われます。「こどもの診療科」が(成人後は考えず)子供の時だけを考えたり、「おとなの診療科」が(それまでのケアを考慮せず)成人後のことだけを考えてしまうと、治療がつながらず、急な変化と混乱を来す恐れがあります。こどもの治療では将来的な自立の面も踏まえていくこと、おとなの治療ではこれまでのサポートと効果などを踏まえて、成人後の自立につなげていくことが、スムーズな移行に重要です。そのために、こども、おとな双方の治療者が、専門ではないもう一つの治療の立場・環境を理解していくことが重要と思われます。

③変化が「不安」にならない体制づくり

治療の移行は変化やリスクも含め「不安」なものですが、一方で長期的には重要な事と考えます。この「不安」が減り、スムーズな移行が浸透していくためには、実際に「スムーズに移行してうまくいった」経験・実績を重ねていくことが必要です。こうした取り組みを実践する機関・治療者が増えていくことが重要と思われます。当院もそのために、微力ながらも尽力したいと考えます。

移行(トランジション)の時期

中学-高校初期が一般的です。

ご本人の症状やサポート体制等によって、個別に異なると思われますが、前述の「保護→自立」のモデルを考えたとき、また、ご本人の内省が行いやすくなる時期という点を踏まえると、おおむね中学―高校低学年頃が妥当な場合が多いと考えます。

スムーズな移行(こども→おとな)を目指して

当院でも、トランジションへの対応を心がけます。

このように、発達障害等でのこども→大人への移行期医療(トランジション)は重要であり、当院もその実践に尽力したく思います。当院では、心療内科・精神科分野での移行期医療、具体的には

などの方の力になれればと考えます。上記などでの「こども」→「おとな」への治療の移行をお考えの方は、当院までご連絡ください。

(なお、暴力・自傷など病院レベルでの対応・バックアップ体制が必要な方、および司法的な側面が強い方に関しては、規模・バックアップ体制などの点から当院での対応が困難です。その場合は、より専門性、規模の高い専門病院等の受診をお願いいたします)