ASD(自閉症スペクトラム障害)は、こだわりと、対人関係の困難の2つが生来の特徴となる発達障害です。
成人後に気づかれることもあります。病歴・行動面・心理検査を総合して診断、特性を知り、カバーする練習の継続が重要になります。
成人の発達障害の話が出るとき、まず最近ではADHDの話が出ることが多いように思われますが、もう一つ以前からある発達障害があり、それが自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:以下ASDと述べます)です。症状が重い場合は幼少期から発見され、療育などが行われることが増えていますが、10代や成人になり、負荷が増えたときに症状が目立ち、発見されることも目立ってきました。
ここでは、成人になってからASDの傾向を指摘された方を念頭に、その特徴や診断、改善のための取り組みにつき述べていきます。
以前は「自閉症」「広汎性発達障害」「アスペルガー障害」などと言われていた、「社会性の障害」「こだわりの障害」を大きな特徴とした発達障害です。以前は前述のように細分化されていましたが、DSM-5にて、自閉症スペクトラム障害(ASD)に統一されました。
典型的には幼少期から「目が合わない」「他者に関心を示さない」「ずっと一つのことにこだわる」等の特徴が目立ち発見され、早期から療育などの対策がとられます。しかし、症状が軽度だったり、発見される機会がない場合には、「変わった性格」等とされ対策なく時間が経過し、10代や成人になって、対人場面、社会場面でのトラブル等から発見されることになります。
この特徴があると、特に社会や対人的な場面でうまくいかないことが目立ちます。また、目に見えず、一見「性格」等ともみなされることから人間関係でストレスを受けることが続き、その結果二次的に慢性的なうつ状態や対人不安などにいたることがあります(いわゆる二次障害)
幼少期から持続する障害であり、ADHDと違い症状そのものへの薬はなく、特性は持続します。ただし取り組み等で生活や社会性の技術を高めることは可能であり、その結果ストレスを減らし二次障害の改善は図ることができる場合があります。また、二次障害等で合併する症状(うつ、不安、情動不安定など)には薬物療法が効果を示すことがあります。
長所を生かしつつ弱点をカバーし、カバーしきれない部分があれば必要な援助を受けることが、対策の基本です。
原因はまだ解明されていませんが、ASDがあると、(無意識に)他者の視点をとったり、雰囲気を読むことが難しいとされています。その結果、思考や行動の基準に他者の視点が入らず「自分の価値観で動くこと」になり、その結果「場の空気を乱す」「相手に嫌な思いをさせる」場面が発生してしまいます。勉強の場面では多くは自己完結するためあまり問題にならないこともありますが、社会に出たときに組織・集団の中での活動が求められるようになり、そこでこの特性が強く目立ち、問題になることがあります。
そして、これらの特性は、ともすると「思いやりがない」「自己中心的」など、性格面の悪い点ととらえられてしまうことがあり、そうすると相手が本人に嫌な感情を持ち、結果うまくいかないことが慢性化し、孤立や二次障害に至る危険があります。
ASDがある場合に、興味の範囲が狭くなりその部分にこだわる一方で、他の部分には無頓着になるなど、興味の差が強く出ることがあります。それが悪い方向に出ると、「自分のやり方にこだわりすぎる」「細かいことにこだわりすぎる」ことから、周囲とトラブルになったり、仕事がうまくいかなくなることが出てきます。また、こだわりから、周囲の変化に合わせることが難しくなることがあります。
これらの特徴も、ともすると「頑固で我が強い」「融通が利かない」など、性格面での悪い特徴と捉えられ、周囲から否定的評価を受ける原因になりえます。
先ほどの「社会性の障害」「こだわりの障害」とも、ともすると性格面での悪い特徴と捉えられ、社会的に否定される場面が増えてくることがあります。本人としては、理由がわからない状態で、相手が不機嫌になり、結果自分が相手や社会から否定されることにります。
これは、本人にとっては大きなストレスとなります。原因を自分に求めれば、自己否定から落ち込み、対人不安などが発生しやすくなりますし、外に求めるなら、イライラ等の精神症状や、社会への敵意・不信感につながっていきます。これらがいわゆる二次障害です。
二次障害は、元から困難のある「社会との関係」をより悪化させることがあります。落ち込みや対人不安は、より社会での孤立を招いていきます。そして、社会への敵意・不信感が固定すると、社会への不満の表現→さらに社会からの否定→さらに不信・不満、との悪循環にはまってしまう場合があります。
ASDは発達障害のため、幼少期から社会性の障害、こだわりの障害等の特徴があることが診断において重要です。一方で、成人期になると、これまでの様々な経験の影響があるため、診断には慎重である必要があります。
その点を念頭に、次の3つの視点で、総合的に診断していきます。
幼少期から今に至るまで、学校・仕事等の生活の中での特徴を問診していきます。対人関係、特に同年代との関係を聞くとともに、得意・苦手のばらつきや、感覚への過敏性などがないか、総合的に情報を集めていきます。
また、過集中やミスなど、ADHDなどと判別が難しいことに関しては、より詳細に聞いていくことになります。そのなかで、社会性やこだわりの特性により、どこまで生活での支障が生じているかを見ていきます。
問診によって状態像は推測していけますが、それはご本人からの主観的な情報でもあり、もう一つ、客観的な視点が重要になります。そのために心理検査を行います。
代表的な心理検査としてはWAIS検査を行い、得意や苦手のばらつき等を見ていきます。そして、ASD診断においては、幼少期の情報が重要のため、可能であれば養育者(父母等)の協力のもと、詳細な質問を行う検査(PARS検査)をお願いしています。
その他補助的な心理検査や、からだの原因除外のための血液検査を行い、客観的な特徴の把握に努めます。
心理検査も客観的な所見ですが、もう一つ客観的な所見として、ご本人の問診や検査等でのご様子も参考になります(いわゆる「行動観察」)普段の表現や表情等の特徴および、場面によっての対応の変化などが参考になることがあります。
ASDは、たとえばインフルエンザのような「あるかないか」の2択にはならず、軽度から重度までを含む概念です。そして、「生活に重大な影響があるか」が診断の大きなポイントですが、特に大人での診断の場合、(それまで発見されず)比較的軽度の場合が多いこと、さらにできる検査が限られたり修飾要素が多いなどから、傾向はあるが診断まで付くか微妙な「グレーゾーン」の結果になることが少なくありません。
もし一般での仕事を行っており福祉的援助を要さない場合は、診断の有無は治療方針には大きく影響しません。(傾向のみであっても、行える対策はほぼ同じです)診断の有無にはこだわり過ぎず、傾向に対しての対策をしっかりとることが重要になります。
ただし、障害者枠での仕事を考える場合に関しては、診断の有無が重要になるため、現段階での情報から、診断がつくかを判断し、その後を考えることになります。
まず大事な点として、現段階では、ASDそのものの症状を改善する薬はありません。そしてASDは(生まれながらの)発達障害のため、特性そのものをなくすことは難しいと言わざるを得ません。
では、「どうせ特性が残るなら、診断を受けても意味がない」のでしょうか?
特に今では、答えは「No」と考えます。
なぜなら、特性そのものは変えられなくても、それを知り対策を取ることで、周囲への影響など、変えられることは多くあるからです。たとえば、次のようなことがあります。
「今では」と答えた背景には、ここ数年での発達障害への理解と対策の進歩があります。昨今の「発達障害ブーム」には賛否はありますが、支援体制や対処法の情報の発展は、ここ数年で目覚ましいものがあり、今後も更なる進歩が予想されます。ただし、これらの恩恵を受けるためには、(傾向も含めた)診断を受け、それを受け入れることが必要になります。
また一方で、(理解の進歩と併行して)二次障害の悪循環にはまってしまった状態を背景にした偏見の存在も否定しきれません。こうした偏見を越え、自分らしく、社会に貢献しつつ生きていくためには、特性の理解と対策の実践がなおのこと重要と考えます。
まとめると、しっかりと診断を受けたうえで、特性を理解して対策を継続しつつ、カバーしにくい部分には必要な援助を受けることが、治療・リハビリの方向性になります。
なお、成人のASDの方の場合、不眠、対人不安などの精神症状を合併している場合は少なくありません。その場合、対症的な薬物療法を行うことで状態が改善し、特性改善への取り組みが行いやすくなることがあります。
ASDにおいては、特性を理解し、対策を継続することが重要と考えます。では、具体的にどうしていけばいいか?次の3段階で考えるとわかりやすいと思います。
第一段階としては、ASD(自閉症スペクトラム障害)とはどのような発達障害なのか、学んでイメージをつかむことが重要です。このページのほかにも、最近では本やインターネットでも、わかりやすく具体的な情報を多く得られるようになっています。症状のみならず、具体的にどんな場面で困るかなどもわかると、イメージしやすいでしょう。
一般論を把握したうえで、自分の特性と苦手な点はどうか、特性を見ていきます。同じASDでも、得意・苦手分野は人により大きく違ってきます。どのような場面が特に苦手かのみでなく、うまくいった(長所を生かせた)場面も合わせて振り返り、長所も合わせて把握できると、その後に生きてきます。
自分の特性がつかめたら、どのように対策するかを考えていきます。基本は「長所を生かしつつ、短所を工夫してカバーする」ことです。理解したうえで、弱点を意識してできる範囲での取り組みを継続することが大事です。そのうえでカバーできないことに関して、職場等に理解を促したり、必要な援助を受けることを検討します。
同じASDでも人によりもちろん長所や取るべき対策は違ってきますし、幼少期からの療育の例を考えても、改善のため取りうる対策は膨大なものになってきます。ただし、実際に自分で取り組むためにはポイントを絞ることが重要になると思われます。以下に、当院で考える特性改善のための重要な点を挙げていきます。
社会性の障害のなかで、特に他者から誤解を受けやすい原因になるのが、(無意識に)ほかの人や全体の視点を取ることが難しい点です。ともすると「自分勝手」等と誤解を受け、ストレス、二次障害のリスクにもなるため、この対策は重要です。
対策としては、「意識的に」他者や組織が求めることは何か、検討することを繰り返すことが重要と考えます。つい「自分視点」で判断する場面で、一歩立ち止まり、「相手は何を求めるか」「この場は何を求めているか」を考えることを習慣にすることが大事です。特に仕事や大人の社会では、感覚よりも理詰めで動く部分も大きいため、想像が難しくても理詰めで推測することができる場面も少なくないでしょう。
それでも「相手のニーズ想像することが難しい」場合は、「自分が相手の立場だったらどう思うか」だと考えやすいことがあります。相手の理解は難しくても、「相手の立場の自分」なら、つかめることもあるでしょう。
この技術の習得が、他の対策を効果的に実行するための土台にもなります。
ASDの人への偏見として、「相手に配慮せず、一方的に要求を繰り返す人」という見方をされることがあります。これは本来のASDの症状とは決して一致しないのですが、確かに二次障害の悪循環にはまると、そのように見えてしまう危険性はあろうかと思われます。「社会への不満(二次障害)→要求の繰り返し→社会から嫌がられる→さらに社会への不満が増える」の悪循環です。本人としては辛い経験がゆえの主張(要求)と思われますが、社会の視点では(特に直接的な要求であるほど)「一方的に要求している」ととられてしまい、悪循環にはまってしまう状況です。
どうすれば社会に受け入れられるか?これはASDを持つ方にとって重要な課題です。技法はいろいろあると思われますが、原則はシンプルともいえます。
これは、人にとってほぼ普遍的と言えるのではないでしょうか。だとすれば、相手がうれしくなる(受け入れる)ための答えが見えてきます。
他者や社会へ「Give(提供する)>Take(要求する)」の状態を作れれば、受け入れられる可能性が大きく上がるのではないでしょうか。たとえば、「日頃から相手になるべく貢献する」こと、「一方的に要求しすぎていないか分析する」ことなどが対策になりえると思われます。
そして、相手になるべく貢献するための土台として、「相手のニーズ」を推測するくせをつけることが、重要になってきます。
からだのリハビリでもそうであるように、弱点を改善する試みは徐々に進んでいくものであり、継続して行うには心理的なエネルギーを多く必要とします。
ここで重要なのが、弱点として言われがちな「こだわり」を活用することと考えます。「こだわり」はともすると、一方的な要求や社会・他者とのトラブルにもつながってしまいますが、逆に自分の特性を改善し社会と折り合えるようになるために、「こだわり」のエネルギーを活用できれば、大きな効果が見込めるのではないでしょうか。
そして、このように「こだわり」をプラスに生かす土台として、「相手のニーズを推測すること」「要求よりも貢献を増やす方向性」が重要になってくると思われます。
①-③までが、自分で行える改善の対策として重要です。その一方で、確かに特性は残り、その特性と職場等との相性の問題は確かに残っています。
「特性をなるべくプラスに生かせる(マイナスが少ない)」職種を選んでいくことも、重要な対策と言えます。
一般的には「あいまいさや対人技術の要素が少なく」「継続、反復を地道にすることを生かせる」仕事が望ましいでしょう。以前から、学者や研究職がいいといわれることがありましたが、最近ではIT系の仕事(プログラマー等)でうまくいくことがあるようです。
ADHDなどと共通ですが、一番の違いは「誰が主体で取り組むか」の違いと思われます。
10代までの方の場合(特に小児では)「関係者が主体になって、本人を支える」枠組みが強いと思われます。幼少期からの療育、学校教育、福祉(放課後等デイサービスなど)を組み合わせて、各関係者が本人の特性を理解し、「うまくいく経験」を重視しつつ、徐々に特性の理解と改善を促し、結果として本人が自然に弱点カバーの技術を身につけつつ二次障害を予防することが要点になります。
一方で、成人の場合は、治療の主体は「本人」になります。思春期までのような、療育等での包括的かつ膨大な時間をかけたサポートは難しい状態があります。(職場に理解を求める場面もありますが、一方で、労働提供の場である職場に包括的なケアを求める事には無理があります)しかし特にご本人がつらさを実感して診断・治療を開始している背景もあり、ご本人で「何とかしなければ」という動機は、むしろ高い場合が多いのではないかと考えます。
そして、「成人まで特徴が目立たなかった」場合は、相対的に症状が軽く、自己分析などを行いやすい場合も少なくないため、仮に成人で発見されても、改善の余地は大いにあるのではないかと考えます。
前述のように、「他者の視点」「全体の視点」を意識的に推測することを繰り返し練習することが、重要な対策です。また、身だしなみ等のマナーの件を指摘される場合がありますが、これらは「こうすればいい」とのマニュアルを見る、もしくは作るなどして、反復練習して身につけることが有効になるでしょう。
対人場面を繰り返し練習する社会技能訓練(SST)や、身だしなみや金銭管理など生活全般の技術を磨く生活技能訓練(LST)も有効とされますが、10代までのように時間をかけて系統的に行うことは難しいため、日々の生活の中で、繰り返し自分なりのマニュアルを作り、反復練習することが成人の場合有効でしょう。
こだわりは、うまく使いこなせばむしろ長所にもなりうる特性ともいえますが、短所のカバーとしては、「自動的にこだわってしまう」ことを緩和することが重要になってくるでしょう。こだわりは「一つの視点にこだわること(思考のくせ・偏り)」を「強迫的に」行うことともいえるため、こうした方法への対策である認知行動療法の各技法(認知再構成、不安への暴露・脱感作法、マインドフルネス等)一定の効果を持つ可能性が推測されます。
また、自分視点からの直接的すぎる主張が誤解を招く場合もあるため、「相手を立てつつ柔らかく主張する」アサーションの技法が有効になることもあるでしょう。
診断後の取り組みとしては、「相手のニーズを推測し」「まず貢献を増やし」「合う職場環境を選ぶ」等から、社会に受け入れられる方向に持っていき、社会や他者との間のストレスを減らし、自己肯定感を徐々に戻していくことが有効と思われます。
一方、診断前に長期間「生きづらさ」からすでに二次障害が生じている場合も、成人での診断の場合、少なからずみられます。その場合は、取り組みで悪化を防ぎつつ、必要時は薬物療法も並行して、症状の緩和を図ることも有効になることがあります。
ASDでの最大の強みは、一見弱点に見える「こだわり」にあるのだと考えます。こだわりを有効に使うことで、エネルギーが必要な、特性改善への反復練習が可能になるのみでなく、長所をさらに反復練習で伸ばす事、さらには仕事を粘り強くやりきることで職場に貢献することも可能になりうると考えます。
ただし、それを生かすには、弱点をなるべくカバーしつつ、「どこにこだわって改善すればいいか」自分の特性や他者のニーズを把握する取り組みが重要になってくるでしょう。