「落ち込み等の症状が2週以上続く」こころの病です。人によっては「からだの症状」、「行動の症状」が目立ちます。
治療法は、「休養」「薬物療法」「精神療法」が3本柱です。病状により休職が必要な場合があります。
休職の場合、初期は休養に専念し、その後段階的にリハビリします。その際集団での「リワークプログラム」も選択肢です。
「うつ病はこころの風邪」などの標語が有名になり、うつ病への認知度が高まり始めてから、10年以上が過ぎました。職場や学校などでも、体の健康と並んでこころの健康(メンタルヘルス)への関心が強まり、以前では見逃されていた方でも、早い段階で発見、治療、回復とつながっていくことが増えてきたことを臨床の場でも実感します。
一方で、うつ病の認知が広まるにつれ、その病態、状況の多様さや、けがのように目には見えない病気であることなどから、「どう対処していいかわからない」等、ご本人のみならず、職場・学校の方やご家族からも相談を受けることが多くあります。ここでは、そうした、関心は広がっているけれどもいまだわかりにくさもある「うつ病」について、概念や治療などの点から、まとめていきたいと思います。
一言でいうと「落ち込み・意欲の低下などが続いて、生活などに支障が強く出る病気」です。これに関しては異論は少ないと思います。ただし、脳の不調(狭い意味での「内因性うつ病」)のほかにも、たとえば強いストレスの後でも同様の症状が出てきます。また、「だるさ、落ち込み、ストレス」などは、本人が感じるものでかつ外からは見えにくいものです。
そして診断においては、今のところ脳の不調に関しては検査等で数値化・具体化できない以上、ご本人の自覚症状とご家族などからの観察所見、問診での状況等の情報、面接での所見といった「外からの情報」を総合して判断せざるを得ませんし、かつその所見には一定の「主観」はどうしても入り込んでしまいます。こうした、あいまいさを多く含む中で診断を確定する必要があるため、何を重視し何を軽視するかで、大きく基準が変わってきます。時代による診断基準の変化は、こうした文脈の中で出てきます。
以前は、「従来型診断法」といって、症状のみならず性格や環境など、周辺のできるだけ広範囲の情報を集め、それらを総合して、医師が診断する方法を取りました。様々な要素を加味して診断につなげるため、その人の個性に着目でき、きめ細かな治療方針につなげることができる点では、大きな長所がありました。一方で、広範囲な情報の重みづけは各医師の主観にゆだねられるため、同じ人や情報でも、判断する医師によって診断がばらけてしまうことが短所でした。このことは、精神医学が、広くは科学である「医学」の中にある以上、大きな問題となりました。
その問題を解決するために、「操作的診断法」が作られました。代表的なものとしてアメリカのDSM(最新版はDSM-5)があります。そこでは、主観等が入りやすい性格面や環境、ストレスなどの要素は原則排除して、比較的客観性の高い「症状」のみに焦点をあて、「うつ病であるか」を診断する方法です。具体的には(大まかにいうと)、次の9つの症状のうち5個以上が2週間以上続き、かつ「生活等に大きな支障があり、体の病気等によるものが否定される」ときうつ病の診断になります。
この診断方法の最大の長所は何よりも「わかりやすい」ことです。これまでは難解で専門家にしか判断しにくかった「うつ病」が、多くの人が見てわかる「症状」に落とし込まれたことで、本人、家族、職場や学校の人でも「もしかしたらうつ病では」とあたりをつけられるようになり、早期発見、早期治療につながったという点では、その効果は非常に大きかったと思います。
しかし一方で、この基準では、「脳の不調が強い人」も、「ほぼストレスの反応のうつ状態の人」も、おなじ「うつ病」になってしまうため、治療やかかわりに関して、混乱も生じました。その人にとっての最善の方針を探すうえでは、診断名だけではなく、性格や環境など、その人や環境の個性を取り入れることも必要になるでしょう。
まとめると、
となります。当診療所では、診断については、現在の標準である操作的診断法を土台としつつ、その人に合った治療・ケア方針を組み立てるため、従来型診断法であったような、その人の性格や環境など、総合的な状況も参考にしてまいります。
診断基準ですと、先ほどの9つの症状(落ち込み、興味の喪失、食欲変化、睡眠障害、制止(or焦燥)、意欲低下、罪悪感、集中力低下、希死念慮)が主な症状になります。ただし、人によっては、自覚症状を感じにくく周囲の人がはじめに気づいたり、体の症状が目立って内科の病気と間違えやすい場合(いわゆる「仮面うつ病」)もあります。種類ごとでまとめると、以下のようになります。
落ち込み、悲しくなる、意欲が出ない、急に涙が出る、不安になる、集中できない、など。
特に、過労や睡眠不足など、ストレスが強い状況が続いてから、こうした症状が発生、悪化した場合は、うつの可能性を考えます。
眠れない、途中で目が覚める、頭痛、吐き気、腹痛など。
眠れない(不眠)は、うつの悪化要因のため、特に注意が必要です。その他の体の不調がストレスと連動し、かつ内科的に異常が見つからない場合、うつの可能性を想定します。
仕事でミスが増える、表情が暗い、動きが遅い、ボーっとしている等
本人より、むしろ周囲(家族、会社の同僚など)が気付きやすい症状です。もしこうした症状が続くなら、受診をご検討ください。
うつ症状がありつつも我慢を続けた結果、ある時点で会社に行けなくなることがあります。原因は精神症状(重度のうつ)、身体症状(吐き気、頭痛など)の双方がありますが、勤務や通学が限界にきていることは共通しています。この場合は、至急の受診が望まれます。
うつ病の治療としては、次の3つが柱となります。
この3つは、それぞれ異なった角度からの効果が見込めるため、組み合わせて行っていきます。そして、前述の「従来型診断法」で扱ったような、その人の環境や性格要素など、総合的な状況によって、どの治療を優先するべきか、どのように組み合わせていくべきかが変わってきます。こうした「その人の総合的見立て」と「治療のバランスと組み立て」にこそ、精神科医によるうつ病治療の技術が問われていると考えます。
それでは、以下に、各治療法のポイントを見ていきます。
治療の第一歩は、しっかりと休養を取ること、言い換えれば「頭をしっかりと休ませる」ことです。ここで重要なのは、物理的に休暇を取っていても、もし頭が休まっていなければ、休養にならず、改善が進まないということです。では、どうすると「休養」になるか?端的にいうと、次の2つのストレスを減らす事になります。
外部ストレスの改善には、休職をはじめとした、負荷を減らす環境調整が有効です。もし家庭など、他の部分でもストレスがあれば、解決できることは解決し、難しいものは割り切り(受け入れ)をしていきます。
人によって大変なのが、②の内部ストレスです。これは、うつが重症だったり、不安や焦りが強い場合に起こりやすいですが、「迷惑をかけている」「休んだらダメになってしまう」等、自分を追い詰める思考によって、自分にストレスがかかり、悪循環に陥ってしまうことを意味します。これが強い場合は、①への環境調整だけではストレスが減らず、「休養を取ったが休めていない」状態となり、そのままでは治療が停滞してしまいます。
この場合は、脳に対しての抗うつ薬治療が重要になり、抗うつ薬の効果が出るまでは、抗不安薬など、即効性のある薬の併用が、休養の確保のために必要になる時があります。(なお、この段階では、思考自体がうつ病の影響を受けており、精神療法の効果は限定的と考えます)
休養がしっかりとれていると、徐々にうつ状態から回復してきます。ほかの治療法も、この休養が土台にあったうえで進めると、より効果があがってきます。治療が進み、復帰を目指す場合は、休養を土台としつつも、徐々にストレスをかけて慣らしていくことになります。思考の偏りなどで、慢性的に「休養できない」場合は、精神療法(認知療法など)を併用していくことが、回復や再燃予防に重要になります。
休養のみでも回復につながる場合もありますが、その場合、回復の速度や、復帰後の再燃リスクの面で弱点が残ります。その点を補うのが薬物療法になります。(特に、仕事を休めない中での治療では、この比重が大きくなります)使いうる主な薬は、次のようなものです。
短期的には抗不安薬が効果を実感しやすいのですが、長期的な回復、再燃予防を目的とするなら、副作用など相性の面はあるものの、抗うつ薬の治療が望ましいことが多いと考えます。ただし、不眠や不安焦燥が強いなど、休養が難しく抗うつ薬の効果を待ちにくい場合は、睡眠薬や抗不安薬の併用を検討していきます。
薬の減薬や中止の時期に関しては、抗不安薬、睡眠薬に関しては、症状が安定してから早い段階での減薬を検討していきます。一方で抗うつ薬に関しては、復帰後の再燃予防の効果を期待していくため、安定後しばらく継続し、安定が数か月続いた段階で減薬を検討していきます。
対話によって、精神状態の改善や、ストレスに強い思考、行動パターンの獲得などを導いていくのが精神療法です。特にうつ病の治療においては、寝イスに座ったり眼球を動かすなどの「特殊な」治療よりも、他の治療と組み合わせて、症状の改善や再燃予防を助けていく働きかけを行うことが一般的です。代表的なものとして、次の3つがあります。
治療の初期では、薬の治療を主体とし、休養をしっかり行います。症状が落ち着いてきたら、これらの各種の精神療法に重点を置けるのが理想です。休職の方へのリワークプログラムでは、まさにこうした精神療法・行動療法的な実践を、グループで、時間をしっかりかけた形で行っていくことができます。
治療の時期によって、重視するポイントが変わってきます。段階ごとに、下の4つの時期に関して述べていきます。
治療の初期は、うつ症状が非常に強い時期です。この時期は何よりも「休養」に重きを置きます。必要があれば休職、休学などの環境調整で負荷を減らして休養できる環境を作りつつ、抗うつ薬の治療開始を検討します。初めは休養で改善を図り、そこに時間差で抗うつ薬の効果を重ねて、改善の継続を図ります。不眠や不安などで休養が困難な場合は睡眠薬や抗不安薬の併用を検討します。休養がうまくいくと、疲労感・倦怠感の強い時期がしばらく続きますが、休養を継続して、改善を図ります。
休養を続けると、次第に倦怠感も治まってきます。そうなってきたら、今度は徐々に、体を動かすリハビリから始めていきます。うつ病の悪い時期は、動けない一方で考え事が続いていた状態のため、その逆をして、バランスを取り直していきます。そして活動が増えてきてから、仕事や学業に近い「頭を使う活動」に移行していきます。そして、段階的に、以前の環境への復帰を図っていきます。仕事や学校に近い活動になると、うつ病になる前の不調や葛藤を思い出すなど心理的な負荷が強くなるため、慎重に、休養や気分転換もはさみながら行っていきます。そしてそれにも慣れた段階で、具体的な復帰の段取りを相談、決定していき、実際に復帰します。
復帰後は負荷が増した状態のため、仕事後の休養の確保に重点を置き、抗うつ薬は続けた状態で、再燃予防を続けつつ仕事に慣らしていきます。そして徐々に負荷を休養前に戻していき、慣らしていくことを反復していきます。負荷を充分増やしても安定した状態が続いたら、状態を観察しつつ、抗うつ薬を徐々に減薬していきます。再燃予防の継続を目標として、必要時は認知行動療法も含めたストレス対策の方法論の獲得を並行し、長期的な対策としていきます。
順調にいくと、上記の流れで回復、再燃予防を維持していきますが、人によっては症状が慢性的に続く、もしくは回復しても再燃を繰り返してしまう場合があります。その場合の対策は、次のように行っていきます。
うつ病に類似の症状をきたす病気として、双極性障害(躁うつ病)や体の病気(甲状腺機能低下症など)の可能性がないかを、病歴や検査などから検討します。もしその疑いが強ければ、その治療に重点を移します。
今いる環境で、しっかり休養を取ることができているでしょうか?もし慢性的にストレスがかかった状態の場合、慢性化や再燃のリスクは非常に高くなります。ストレスを減らすための環境の調整を、必要なら今一度行っていきます。
今の抗うつ薬は、しっかり効いているでしょうか?相性が悪かったり、不足していたりはしないでしょうか?別の種類を試す、もしくは、2種類までは使用することも含め、症状を観察のうえ検討していきます。
日々の行動パターンや考え方のくせ、対人交流でのくせはどうでしょうか?もし、自分を追い詰めたり、我慢を重ねてしまう等、ストレスをため込む癖があると、再燃を起こしやすくなります。もしその「くせ」の影響が強ければ、認知行動療法の習熟も含め、新たな、ストレスをためにくい行動や考え方などの習慣を作っていくことが有効です。
薬の治療を土台として、上記のように、始めは休養から行いますが、その後は活動・内省・ストレス対処技術の獲得といった一連の「精神療法・認知行動療法的」な取り組みを継続していくことが、長期的な再燃予防などに重要になります。
この点は、特に休職して治療を行う方にとって重要と思われますが、外来治療のみでは限界があり、また、仮にカウンセリングを行ったとしても、「それ以外の時の生活」が重要になります。そして、それを、本調子ではない患者さん自身がプランを立てつつ実践していくことには、困難が付きまとうことが少なくありません。
この点において、専門家が関わって、こうした「精神療法・認知後療法法的」な取り組みを密度をもって行うことが望まれますが、これを実現する一つの方法として「リワークプログラム」があると考えます。
これは、週3-5回、1日3-6時間ほど、グループで関わりと活動を行いつつ、グループでの認知行動療法、ストレスマネジメントの学習等を行っていくものです。これを、徐々に負荷を増やしながら続けることで、社会復帰の土台となる生活リズム・活動量の確保のみならず、グループでの支えや(特に復職後の)ストレス対処技術の習得が見込まれます。
うつ病は、現在主流の「操作的診断」ではシンプルに診断がつき、その対策の重要性が一般にも広まっていますが、治療などを組み立てる場合は、診断のみでなく、その人自身や環境など、総合的に状態を把握することが重要になります。治療としては、休養、薬物療法、精神療法を、その人の総合的な状況に合わせて組み立てていきます。初期は休養を柱にしつつ薬物療法を併用し、回復してきたら次第に負荷を増やしつつ、思考パターンを整えながらストレス対処の技術を身につけ、復帰や再燃予防に備えていくことが重要です。特に薬以外の活動や対処法等を身につけるために、近年ではリワークプログラムの実践が行われています。