働く人のうつ

復帰後再燃しないことが重要

働く人にもうつは訪れます。しばしば休職して治療しますが、復帰後の再燃をいかに防いでいくかが重要になります。

 

復帰には休養から段階的なリハビリにつなげることが重要です。一方で、再燃予防のための対処技術が、復帰後にとって重要です。

 

再燃予防のために、集中的に通所して取り組む「リワークプログラム」を行うことが望まれる場合があります。

もくじ

   

はじめに:働く人のうつ

治療での改善のみならず、回復・復帰後の再燃予防が重要です。

平成27年12月より、職場におけるストレスチェックが法律で義務化されました。背景には、職場における職員のうつなど、こころの不調の問題が会社、労働者の双方に大きな影響を及ぼしうることがあります。統計によれば、(2008年の)の日本におけるうつ病に伴う疾病費用は3兆円強にのぼります。多くの方が、うつに伴う不調で本来の力を発揮できず、会社としても、間接的に多くのコストを要する状況にあります。

  

当診療所でも、「働く人のうつ」の相談を、非常に多く受けます。不眠や軽い倦怠感など初期の症状の方から、すでにしばらく会社に行けなくなっている方まで、様々な方がいらっしゃいます。治療実践の経験からは、初期の段階で治療を始められれば、十分な回復、復職等につながることが非常に多いことを実感します。一方で、重度まで進んだり、再燃を繰り返す場合は、じっくりと取り組む必要があります。重症・慢性化する前に、早い段階で治療に臨んでいただけることを、切に希望します。

治療に関しては、治療を受ける「患者」としての立場と、会社から給料を得てその分の労働を提供する「労働者」としての立場、この、時に矛盾しうる二つの立場を、いかにして両立していくかが重要になります。治療としては負荷をできる限り減らすことが有効だが、労働者としては労働の遂行のため一定の負荷を要する。たとえばそうした相反する二つの要請を両立するバランスを取っていくことが、治療を継続し、成功させるうえで重要なポイントになります。具体的な症状や治療のポイントを、以下に述べていきます。

どんな時にうつを疑うか?注意すべき症状

  

「会社に行けない」は重要な体からのサインです。

  

近年では「こころの健康」への関心が高まっており、落ち込みなどの症状に早めに気づき、受診される方も多くいらっしゃいます。一方で、一見「うつ」に見えない症状が強く出る方も多く、その場合気づきにくいことがあります。一見典型的でない場合でも「うつ」の可能性がありますので、続く不調がある場合は受診をご検討ください。具体的には、以下のような症状があります。

① 精神的な症状

落ち込み、悲しくなる、意欲が出ない、急に涙が出る、不安になる、集中できない、など。

特に、過労や睡眠不足など、ストレスが強い状況が続いてから、こうした症状が発生、悪化した場合は、うつの可能性を考えます。

② 身体的な症状

眠れない、途中で目が覚める、頭痛、吐き気、腹痛など。

眠れない(不眠)は、うつの悪化要因のため、特に注意が必要です。その他の体の不調がストレスと連動し、かつ内科的に異常が見つからない場合、うつの可能性を想定します。

③ 行動・生活面での症状

仕事でミスが増える、表情が暗い、動きが遅い、ボーっとしている等。

本人より、むしろ周囲(家族、会社の同僚など)が気付きやすい症状です。もしこうした症状が続くなら、受診をご検討ください。

④ 朝、会社に行けない

うつ症状がありつつも我慢を続けた結果、ある時点で会社に行けなくなることがあります。原因は精神症状(重度のうつ)、身体症状(吐き気、頭痛など)の双方がありますが、勤務が限界にきていることは共通しています。この場合は、至急の受診が望まれます。

治療の第一歩:仕事を続けるか?休職するか?

治療の点では、しっかり休職した方がいいことも少なくありません。

うつ状態(うつ病、もしくは適応障害)の診断があったとき、まず第一に決めることは、「仕事を休職するかどうか」になります。

病状改善のためには、ストレスを減らし、脳を休ませる「休養」が第一のため、一旦休むことが望まれます。しかし一方で、休職は生活面や今後の企業人生に一定のリスクを伴います。軽度の場合は仕事を続けつつ治療が可能ですが、一定以上の重症度の場合は、仕事の負荷によって病状が悪化、長期化することが予想されるため、休職が必要になります。この判断は総合的に行いますが、判断のポイントの例は以下のようになります。

休職の期間は、状況により幅がありますが、短すぎると治療の根幹である「休養」がとれず、長すぎると復帰の意欲に影響が出るため、そのバランスを取り、当診療所では3か月前後で設定することが多いです。

治療の選択2:くすりの治療について

状態にもよりますが、復帰後も踏まえ、薬をお勧めする場合があります。

  

うつ状態(うつ病・適応障害)に使う薬として、主なものに抗うつ薬があります。望まれる効果としては、治療効果(効くまで2-4週間かかり、徐々に効果が出る)のほか、再燃予防(復職後も含め)も合わせて期待します。軽度の場合、もしくはストレス要素が大きくそれが解決可能の場合は抗うつ薬が不要のこともあります。一方、休職を要する場合には、回復を早め、かつ復職後の再燃を予防するために、抗うつ薬での治療が有効と考えます。抗うつ薬を使うかの判断基準の例は、以下のようになります。

重症度が相対的に低い場合は、抗うつ薬の代わりに漢方薬を使う選択肢もあります。また、その他の薬(抗不安薬、睡眠薬など)に関しては、効果と副作用等を勘案したうえで、特に使わなければ「休養」がうまくいきにくい場合に、使用を検討します。

休職しての治療のプロセスと、各時期に行うこと

初期は何よりも休養、その後、徐々に活動を増やし復帰に備えます。

休職して行うことの柱は、「休養」です。特に休職前半は、枠組みとして休養し、仕事等でかかるストレスを最小にし、徐々に回復を図っていきます。そこに抗うつ薬での治療を併用していきます。

一方で復職に当たっては、ストレスに耐えられる状態が重要になり、休職中盤以降では、負荷に耐えられるためのリハビリと、ストレスに対処するための対処法の獲得が重要になります。時期によって重点を置くことが変わってきます。各時期に何が重要か、以下にまとめます。(3か月の休職を行った場合を例にとります)

●前期(休養期、1か月目)

はじめの一か月は、何よりも休養を重視すべき時期です。休職により仕事と距離を取りストレスを減らした状態で、体と頭の双方を休めることが重要です。また、抗うつ薬を導入し、徐々に量を調整していき、脳のレベルからも改善を図ります。この時期に最も重要なのは「睡眠の確保」であり、不眠が続く場合は睡眠薬も検討します。(逆に、過眠はほぼ心配不要です)

日中の生活も休養が主体ですが、もし不安が強く家では考え事が続いてしまう場合は、そのままでは休養に支障があるため、散歩などの気分転換をはかっていき、重度の場合は抗不安薬の併用を検討します。

●中期(リハビリ期、2か月目)

前期で休養がうまくいくと、次第に倦怠感が減り、外出などが行いやすくなります。この時期に来たら、体を動かすことから徐々に増やしていきます。うつが悪い時は「体は動かず、頭は考え事が止められない」状態なので、その逆を行うことで、状態を本来に戻していきます。この時期から、リハビリの活動である「リワーク」を、疲労に気を付けつつ、少ない回数から開始することを検討します。

●後期(復帰準備期、3か月目)

前期で休養を、中期で体の状態の調整を行った結果、状態の回復と、復帰に向けたストレスへの準備ができてきます。これを土台として、最後の1か月で、頭を使う復帰準備を本格的にしていきます。

具体的には、仕事場近くまで通う「通勤訓練」、図書館などで書類をまとめるなど、仕事に類似したことを行う「図書館練習」などを行い、実際に上司などとも面談し、復帰に向けての段取りを作っていきます。また、「リワーク」を本格的に行うことで、回復のみならず、ストレス対処などの振り返りと改善を行うこともできるでしょう。

職場に関連するこれらのことは心理的負担がかかりますが、徐々に慣らしていき、復帰後に備えていきます。仕事に準じた生活・活動のリズムが整い、仕事関連のストレスにも落ち着いて対応できるようになった段階で、復帰の準備ができたといえるでしょう。

●復帰後

どのように復帰するかは、会社によって異なりますが、一定以上の規模の会社では、復職可能な状態になってから会社の産業医と面談を行い、正式に復職が決まります。初めから8時間勤務になるか、短時間勤務から始まるかは会社によって異なりますが、次第に時間、負荷を増やしていくことは共通しています。

中期・後期では「活動を増やす」ことを重視しましたが、復帰後は、むしろ「いかに時間を作り休養・気分転換を行うか」を大事にして、再燃リスクを減らすことになります。抗うつ薬に関しては、再燃予防の面から復職後、負荷が増えて、それに慣れるまでは同じ量を維持していき、その後安定を確認しながら、慎重に減薬を図っていきます。

復帰リハビリの具体的なかたち「リワークプログラム」

復帰準備での、活動・内省・技術の3点の獲得を集中的に行う方法です。

休職しての治療の初期には、何より休養が重要です。しかし中期以降では、生活リズムを整え、段階的に活動を増やすことが重要となり、復帰の際には「週5回8時間」働けることがしばしば求められます。また、復帰も重要ですが、むしろそれ以上に、復帰後(復帰前と同様の)ストレスがかかっても再燃せず、仕事を継続していくことが重要です。

「脳の不調の要素が強い」かたは、段階的に活動を増やすことを、時間をかけて、しっかり行っていくことが求められます。一方「ストレスの要素が強い」かたは、むしろ振り返り(内省)と、復帰後の「ストレスへの対処技術」の獲得が重要になります。

この点の指導を外来で、段階に応じて行っているわけですが、限られた時間でやり切ることには無理があり、現実的には「方向性を示し」その後、自らで実践していくことが必要になってきます。

しかし現実的には、本調子ではない中で、自らプランを縦実践を継続することには難しさもあります。この点を解決し、かつ時間をかけて活動・内省・対処法獲得のトレーニングを行う枠組みとして、日本では「リワークプログラム」が行われるようになってきました。

これは、始めは週2-3回、半日から、リワークプログラムを行う診療所等に通い、徐々に回数(負荷)を増やし、最終的には週5回、1日(6時間)で継続することで、活動や生活リズムといった復帰準備性の獲得を目指すものです。

また、プログラムでは認知行動療法などの心理・行動的なアプローチをグループで行い、各種のストレス対処技術を身につていき、また、同じ悩みの方と話し合うことで、今後への視野を広げていくことが期待されます。

具体的には、先の「中期」の段階から徐々に参加、慣らしていき、後期においては仕事復帰を想定し週5回、6時間づつ継続し、確実な復帰と、その後の仕事継続のための対処技術習得を目指します。

安心しての療養を助ける「傷病手当金制度」

休職中の賃金の約2/3が保障される制度です。

  

これまで述べてきたように、うつ状態(うつ病、適応障害)の治療には休養が非常に重要です。しかし一方で、経済的な心配から、なかなか休養に踏み切れないとの相談もお受けします。その際安心して療養できるための制度として「傷病手当金制度」があります。これは、労務不能で治療のため休職を要する場合、一定期間、賃金の約2/3が支給される制度です。雇用形態等によって利用できるかが異なるため、休職を要する場合はまず会社の総務担当の方に相談し、この制度について問い合わせてみてください。(当診療所でも傷病手当金の診断書を記載可能ですが、制度の関係上、定期的な受診と療養をお願いいたします)

ご家族のこころがけ

家でリラックスできる雰囲気作りが重要です。

お願いしたい方向性は、「ご本人が安心して休養できる雰囲気を作ること」です。ご本人は多くの場合、葛藤や罪悪感の中で休職を決断し、ご家族に対しても罪悪感を持っているでしょう。しかし罪悪感が強いと休養が困難になるため、「治療のために休んで大丈夫」と安心できる環境づくり、声掛けをお願いすることが、治療がうまくいくために非常に重要です。

一方で、ご家族としても、経済面など、今後への不安やストレスが大きくかかることも事実です。ストレスが続けば、ご本人への対応にも影響が出てしまうため、ケアを続けるために、ご家族もストレスをためないための気分転換などをしっかり行ってください。