ADHD(注意欠陥多動性障害)は、不注意と、「ついやってしまう」多動・衝動性の2つが生来の特徴となる発達障害です。
成人後に気づかれることもあります。病歴・行動面・心理検査を総合して診断、薬の活用と行動面の工夫を並行していきます。
近年、忘れ物等が目立つなどで気づかれる「大人のADHD(注意欠陥多動性障害)」のご相談を、多く受けるようになりました。幼少期や学生時代は気づかれなかったが、仕事で特性が強く目立つことで気づかれる方が多いようです。
ADHDは発達障害の一種であり、特性上完全な治癒は望みにくいのですが、薬物療法と行動・心理面の工夫を並行することで、仕事・生活での困難の緩和を図ることが期待されます。
ADHDとは、「注意欠陥多動性障害」の名の通り、「不注意」「多動性」「衝動性」を主な症状とする発達障害です。発達障害の定義通り、幼少期から、症状が続いていることが特徴ですが、「個性」の範囲とみなされ、気づかれないこともあります。
成人になるにしたがって、多動性・衝動性は改善することは多いとされますが、「頭の忙しさ(休めない)」「感情コントロールのむずかしさ」の形で出ることも見られます。
また、不注意に関しては、年齢を重ねても残ることが多いとされ、仕事で約束事が増えたり、同時並行の作業が求められたときに、症状が強く目立つことがあります。
幼少期から、忘れ物や物をなくすことなどが多く、通知表に記載されることも多いですが、家族がカバーして症状が目立たない場合も少なくありません。就職すると、学生時代と比べ、覚えたり、同時並行で作業する必要が増えてくるため、それに対応しきれず、症状が目立ってくることがあります。
幼少期は、「動き回る」「じっとしていられない」など、わかりやすい症状が多いですが、成長に従って、目立った症状は改善するとされます。しかし一方で、「頭の中が忙しく、休まらない」「しゃべると止まらなくなる」など、形を変えて、症状が残ることが見られます。また、衝動性は、感情コントロールの困難にも通じることがあり、対人トラブルの誘因になることがあります。
不注意、多動性・衝動性は、もとの「脳の機能」からの症状でしたが、二次障害は、ストレス等からの反応として二次的に出現する症状です。ADHDの特性があった場合に、家庭や学校、職場などでうまくいかないことが多くなると、そこで慢性的にストレスを自覚することから、二次障害が出現してきます。
引きこもり、暴力など、社会生活に直接大きな影響を及ぼす場合もあり、そうでなくても、二次障害を合併することにより症状が複雑になり、生活への支障が大きくなってしまいます。そのため、なるべく早く気づき診断につなげ、早めに対処することで、二次障害を予防・進行抑制していくことが、ADHDの治療において非常に重要です。
治療の柱は、「薬物療法」と、様々な工夫等を含む「心理社会的治療」の2つです。
ここで重要なのは、どちらが正しい、優れているという話ではなく、この2つを組み合わせることで、相乗作用を出していくという視点です。
薬の治療が必要な場合、理想的には、次のような3段階で治療が進んでいくことを期待します。
心理社会的治療は重要なのですが、特性が一定以上重い場合は、なかなか実践することが難しい面があります。その場合は、まず薬物療法を行い、特性の改善(下支え)を図っていきます。
依存リスクが少ない点から、緊急性が少なければ、アトモキセチンから相性を見ていくことが多いです。ただし、緊急性や相性などを見たうえで、メチルフェニデート徐放剤を検討していく場合もあります。
また、不安・抑うつや強迫症状など、二次障害が強い場合には、その治療も合わせて検討します。
薬で下支えができた段階で、心理社会的治療を並行していきます。ここで重要なのが「うまくいった経験(成功体験)」です。特にADHD特性のある方において、取り組みが「うまくいった」経験が、二次障害の予防・改善のみならず、取り組み継続・強化の原動力として非常に重要です。「少し大変だがうまくいく」難易度を理想として、徐々に、うまくいく形で、取り組みを反復・継続していきます。
充分に心理社会的治療を継続していくと、工夫が習慣になって弱点が減るのみでなく、自己肯定感の改善と二次障害の改善が見込め、その結果生活の困難が減ってきます。十分改善した段階で(原則としては短すぎず、年単位を見込みます)、薬を徐々に減らし、中止するなどして、心理社会的治療のみへの移行を図ります。
ただし、症状の強さ等によっては、薬を継続した方が総合的に望ましい場合もあるため、その人ごとの状況を見て、ご相談していきます。
なお、症状が比較的軽度の場合は、まずは心理社会的治療でのアプローチを行っていき、比較的重度の場合は、就労移行支援など、社会・福祉的なサポートを検討します。
現在、ADHDに対して、成人では、アトモキセチンとメチルフェニデート徐放製剤の2種類が使用可能です。
脳内の物質「ノルアドレナリン」を増やすことによって、ADHD特性の改善を図る薬です。成人では基本的に40mgから開始し、徐々に増やし、最大で120mgまで使用することがあります。副作用としては、初期におなかの不調やめまい、吐き気などが出ることがありますが、継続して慣れることも多く、依存性もないとされています。そのため、心理社会治療等で改善後減薬、中止を行いやすいこともあり、その点では安全に使える薬です。
弱点としては、効果が出るのが遅くかつ実感しにくいこと(4-8週ほどかかる)があります。治療初期において「効果が出ず副作用が目立ち、しかも費用がかかる」時期があり、その時期を乗り越えていくことが、この薬を継続していくために重要になるでしょう。(長期的にどうなりたいか動機の明確化などが有効と考えています)
脳内の「ドーパミン」や「ノルアドレナリン」の濃度を増やすことにより、ADHDの特性の改善を図る薬です。成人では18mgから開始し、必要に応じ、徐々に増やし、最大54mgまで使用する場合があります。副作用としては不眠や食欲低下、頭痛などがあり、不眠を防ぐために朝に使用します。長所としては即効性があり、特にストラテラでは効果が出るまで継続することが難しい小児では意味を持ちえます。
一方で、副作用が比較的強いこと、夕方以降に効果が切れる傾向があること、依存性から、時として減薬が難しくなる場合があるなど、長期にわたって使うには懸念される点もあるため、必要性を十分に吟味して使用するかを検討する必要があると考えます。
主になる症状や生活状況などから総合的に判断しますが、単剤を原則として、必要時のみ2剤併用を検討します。依存性等の観点から、まずはアトモキセチンの使用を検討する場合が多いと思われます。
そして重要なのは、繰り返しになりますが、心理社会的な治療(工夫など)の継続と組み合わせることになります。この組み合わせ方は、10代と成人では、違ってくる部分もあるため、次に見ていきます。
1番の違いは、治療の主体(主に取り組む人)の違いと考えています。
10代までの方の場合(特に小児では)「関係者が主体になって、本人を支える」枠組みが強いと思われます。教育、家庭、福祉(放課後等デイサービスなど)を組み合わせて、各関係者が本人の特性を理解し、「うまくいく経験」を重視しつつ、本人がより良い経験と習慣を重ねられるようにしていき、結果として本人が自然に弱点カバーの技術を身につけつつ二次障害を予防することが要点になります。
一方で、成人の場合は、治療の主体は「本人」になります。思春期までのように、教育等での包括的なサポートは難しい状態があります。(職場に理解を求める場面もありますが、一方で、労働提供の場である職場に包括的なケアを求める事には無理があります)しかし特にご本人がつらさを実感して診断・治療を開始している背景もあり、ご本人で「何とかしなければ」という動機は、むしろ高い場合が多いのではないかと考えます。
10代までの方での「心理社会的治療」というと、環境の整備と周囲の努力の面が強くなりがちなのですが、成人になると、その役割をご本人が担っていく面が強くなると思われます。
では、どのような取り組みを行っていけばいいでしょうか?この点に関しては、現在取り組みの模索の途中と言えるのが現状ですが、当院での取り組みの方向性を、症状ごとに、以下に述べていきたいと思います。(以下の内容は、おおむね、当院で開始予定の「発達障害集団プログラム」に準拠しています。
方向性としては、「注意持続訓練(後述)」など、不注意の弱点を改善する取り組みを継続していきつつ、カバーしきれない部分を様々な「生活の工夫」を併用して補っていくことが重要と考えています。具体的には、以下の方法論をお勧めしています。
文字通り、それてしまいがちな注意集中をなるべく保つための訓練です。その中でも、「注意がそれたときにまた戻す」ことの繰り返しが有効と考えています。マインドフルネスの技法なのですが、日ごろから「今やるべきことに集中する」ことを意識して、「注意がそれた」ことを自覚したら、その場で「本来集中すべきことに注意を戻す」。これを繰り返していきます。一見単純ですが、実際行った方に聞くと「かなり疲れる」とのことです。
背景としては、ADHD特性として「注意がそれる」こと自体は対処しにくいが、「それてからすぐに注意を戻す」ことは意識することで取り組みが可能で、それにより「それる」影響を減らせるということがあります。
ADHDの方で、「順序立てて考える」ことが苦手な方は多いです。そのため、特に大きな、入り組んだ課題になると、止まってしまったりミスが目立つことがでてきます。この改善の方法として、認知行動療法で扱う「問題解決技法」をお勧めしています。
要点は、問題(課題)を、要素に分けることです。それにより、「入り組んだ課題」を「単純な行動の積み重ね」に変えて、スムーズに実行していくことをしていきます。(手順などをマニュアル化することを反復練習して、その結果スムーズに物事を実践できるようにすることをめざします)
上記の2つの実践で改善が期待する一方で、それでも残る特性はあると思われます。その点に関しては、様々な工夫を組み合わせていくことで、大きなミスに至ることを防いでいきます。具体例は以下のようなものがあります。
昔と比べ、記憶や注意喚起のために、スマートフォンなど、さまざまなIT機器を活用することが可能になっており、その活用は当院でも有効と考えます。
多動性・衝動性は、成人になるにつれ改善したり、目立たなくなることも多いとされる一方で、時にトラブルの原因にもなってしまうこともあり、対策が重要です。不注意におけるメモのようなわかりやすい対策が難しい面もあり、触れられないこともあるように見受けるのですが、できうる対策を提案していく立場から、次の3つの方法論をお勧めしています。
衝動的に動きそうなときに「一歩立ち止まる」ことが、多動性・衝動性の影響を減らすために非常に重要なスキルです。ただし、それを実現するためには、動きそうなことに「気づく」ことがまず必要です。そのために、自分の状態を感じ取る練習、すなわち「マインドフルネス」の練習が、一定の意味を持ちうるのではと想定しています。
深呼吸など、わかりやすい動きから感じ取る練習を行い、次第に、自分の感情など、より抽象的な事を感じ取ることを日々練習していき、衝動的な動きを引き起こす感情に気づき、そこで意識的に「一歩立ち止まり」冷静に行動できることが目標になるでしょう。
ADHDがある場合、どうしても「今やりたい」欲求が優先になってしまい、衝動的な行動に至ることがあります。その抑止力として、「長期的な目標(動機)」をしっかり固めることも、一定の有効性を持ちうると考えます。
運動選手が大会の優勝を目標に短期的には辛い練習を続けるように、今の衝動で動きそうなときに「何が自分の目標か」を思い出すことを習慣にして、その場の楽しみに左右されることを減らし、長期的にプラスになる活動を多くしていくことが目標になるでしょう。
衝動性の中で、特に「衝動的な怒り」が、トラブルなどの危険になることがあります。怒りはうまく活用すればエネルギーにもなりますが、衝動的に起こってしまえばトラブルに至ります。怒りに気づき、制御して、なるべく有益な形で使っていく、その技術の習得が、特にADHDを持つ方にとって重要と考えます。
ADHDの症状自体は、完全にはなくならなくてき前述の方法や薬物療法で徐々にでも改善を図ることもできうると考えます。しかし、そこに、ストレス等の影響による二次障害が重なると、改善がより難しくなるばかりか、引きこもりや対人トラブルなどのリスクも上がり、悪循環にはまってしまいます。そのため、二次障害を防ぐ事が、ADHDの治療でも非常に重要です。対策としては、以下の2点が重要と考えます。
治療などを受ける前には、特性からうまくいかず「どうせやっても無駄」などの無力感が出てしまっていることも少なくありません。しかし、薬物療法も含めた包括的な取り組みを続けていくと、特性がなくなりはしない一方で、「改善できる」ことを実感できると思います。この「改善できる」イメージを持つことが、二次障害対策にとって重要です。
特にADHDの場合は、「その場での結果(うまくいくか)」が、その後の動機づけなどに大きく影響します。そのため、他の不調と比べても、「成功体験を積む」ことが、二次障害の改善、取り組みの継続に強い意味を持ちます。(10代までで、特別支援やペアレントトレーニングで取り組む事の要点も、この「ほめて、成功体験を増やす」ことになると思われます)
そのため、取り組みを行う時は、難しいことをしすぎず、(多少難しくても)最後にはうまくいくことを設定することが重要です。うまくいった時に、自分への「ごほうび」を準備するのも、いいかもしれません。
ここまでは、ADHDの症状(弱点)と、そのカバー方法について述べてきました。一方で、ADHD特性は、弱点をカバーすれば、長所として生かせる場合もあります。多動性はいわば「外へのアンテナの広さ」に、衝動性は「スピード感のある行動力」につながっていきます。(いずれも、現代で求められるとされる能力です)
強みを生かせるようになれば、周囲からの評価にもつながり自己肯定感が改善、いい循環に乗ることもできるようになりえます。その前でつまずいてしまわないために、弱点のカバーが重要になります。