認知行動療法とは、認知(考え)と行動を見直すことから、関連する「感情」を整えていく治療の方法論です。
代表的なものとして、自己否定的な「考え」に対し、「別の考え方はないか」探す習慣をつける「認知再構成」があります。
行うことは比較的シンプルです。繰り返し練習し、習慣にすることで、「日頃からできる」状態を作るのが目標になります。
感情は、どのように動くのでしょうか?この一見単純な質問に、多くの議論がありました。単純に言うと、「こころが動く」か「脳が動く」かの議論です。
以前は、「こころ」を、一つのまとまったものとして扱ってきました。そのうえで、相手のことを受け止めることで治療する(傾聴による治療)、過去に直面することでいい方向に持っていく(精神分析的治療)などの方法が発展してきました。
一方で、科学の進歩とともに、脳の機能についても多くがわかってきました。脳にはいろんな機能を持つ場所があり、考えるだけでなく、体の感覚を認識するのも、体に「動く」指令を出すことも、脳で行っていることがわかってきました。そうすると、これまで「こころ」とひとまとめだった機能も、実は脳の様々な働きの組み合わせで起こっていると考えられます。
このように、脳の機能に着目して、「こころ」の働きを要素に分けて考えていくのが、認知行動療法です。
脳の機能は複雑です。ただし、複雑なままでは治療に結び付けられないので、できるだけ単純化することが必要です。では、どのように分けるか。「感情」をスタートラインにして、具体的に見ていきます。
強く感情が動いた場面を振り返ってみます。すると、「怒られた」「いやな出来事を思い出した」など、何らかの原因となる出来事があるはずです。(一見、原因がないと思っても、色々探すと、何らかの原因が出てきます)図にすると、次のようになります。出来事→感情
たとえば、コップに半分の水があったとします。それをAさんとBさんの二人が見て、Aさんは喜んだが、Bさんは落ち込んだとしましょう。なにが、この二人の感情の変化に影響したでしょうか?よく聞くと、Aさんは「コップに半分も水がある」ととらえ、Bさんは「コップに半分しか水がない」ととらえていました。つまり「出来事のとらえ方(認知)」によって、感情が変化したのです。図にすると、次のようになります。出来事→認知→感情
(もし、「認知」という言葉がわかりにくい時は、その出来事をどう考えたか(考え)ととらえて、出来事→考え→感情と考えるとわかりやすいです)
「ついかっとして、たたいてしまいました」という方がいます。強い感情が原因で、(意図しない)行動をしてしまった例です。このように、強い感情は、行動を引き起こします。
ここまでまとめると、出来事→認知→感情→行動となります。
(例)上司に叱られた。(出来事)自分を否定されたように考え(認知)、強い怒りが生じて(感情)つい上司を殴ってしまった(行動)。
Step3の出来事→認知→感情(→行動)が、基本的な「こころの動き」の要素です。シンプルで分かりやすいのですが、やや単純化しすぎたきらいもあります。もう少し要素を加える等して、より一般的なモデルを考えます。
もう一つの要素として「体の感覚」があります。(頭が痛い、体が軽く感じる、など)たとえば、つらい(感情)→頭が痛い(体の感覚)、全身がだるい(体の感覚)→寝たまま動かない(行動)など、他の要素とも影響しあいます。
Step3では、感情→行動と一方通行でしたが、実際は、とりあえず歩いてみた(行動)→気が楽になった(感情)など、逆方向の影響もあります。ほかの要素も同様で、実際には、認知、感情、行動、体の感覚の各要素が影響し合っています。これを図にすると、次のようになります。
認知行動療法では、「こころ」を、出来事、認知(考え)、感情、行動、体の感覚の要素に分けて考えていきます。では、次に、これをどのように治療に生かすかを考えます。
たとえば、「つらい」感情を何とかしたいとき、「楽しい」と思えばすぐ改善するでしょうか?難しいでしょう。感情は、それを直接変えるのは、難しいです。ほかの要素はどうでしょうか?
要素の中で、認知と行動は変えやすいことがわかりました。そして、もう一度、Step4の表を見てみます。一つの要素がほかの要素に影響しています。たとえば、行動を変えると、感情も変わってくる場合があります。直接感情を変えるのが難しければ、その周辺で変えやすい認知や行動を意識して変えることで、間接的に感情を変えていく方法です。
このように、こころを要素に分けたうえで、比較的変えやすい「認知」や「行動」を調整することで、感情や体の感覚の不調を改善していくことが、認知行動療法の基本です。
精神分析など、多くの精神療法、カウンセリングでは、「過去」に注目し、その解決から「現在」を改善する方法をとりますが、認知行動療法では、まず「現在」の状況、問題の解決に集中していきます。
前述のように、こころの働きを要素に分けて考えていきます。
典型的には、あいさつ→宿題の振り返り→今回話す項目を決める→項目について話し合う→まとめる→次までの宿題を決める、といった枠組みをとります。ここまでではなくても、枠組みや問題を明確にして、治療をしていく点が特徴です。
問題、解決を分解、明確化して解決する方法をとるため、効果が比較的早く出現し、期間も短くなります。ほかの治療では年単位になることも多い一方で、認知行動療法では、12-16回(3-4か月)を目安にし、終了後はご本人自身で行っていくことを目標とします。
ほかの精神療法では、治療者とご本人の間で役割が大きく異なり、「治療してもらう」モデルでしたが、認知行動療法では、現実の問題をご本人と治療者で共有し、一緒に解決していくやり方をとります。
前述のように違いは多くあるのですが、認知行動療法も、他の精神療法と同様に、面接(会話の繰り返し)で、言葉を介して進めていきます。
枠組みがしっかりしているので、「治療関係」が軽視されるとの誤解があるのですが、「一緒に解決する」ことに明らかなように、治療関係が良好になるほど、効果があがるとされます。この点は、他の精神療法と同様です。
では、具体的に、認知行動療法の中でどんなことを行うか、見ていきます。
第一段階として、自分がどんな場面でどう感じ、どう動くか、そのパターンを見ていきます。具体的には、次のようなステップで行います。
最近感情が動いた時を思い出し、その原因の出来事が何だったか思い出します。
そのとき、どんな考えが頭を浮かんでいたか、思い出します。(認知)
そのとき、どんな行動をとったか、体の感覚はどうだったか思い出します。
ここまでで、出来事に対する自分の各要素の反応がわかります。実際に書いてみることによって、すこし客観的に自分の状態を把握できます。
これまでは一つの場面でしたが、同様のことを、他の「感情が動いた場面」でも同様に繰り返して行います。すると次第に、どんな場面でも共通する自分の「くせ」が見えてくることがあります。
よく「アセスメントが一番大事」とも言われます。なぜなら、ここまでで自分の「くせ」がわかると、それであとは自分で修正できることが多いからです。そして、なかなか自分で直しにくくても、介入すべきところが明確になるので、その介入も的確に行いやすくなります。以後、具体的な介入法に入っていきますが、行き詰ったときは今一度「アセスメント」に戻ってみてください。
症状が軽い時は、状態を見るだけでも改善することが多いですが、たとえばうつ病でどんな出来事でも「自分はダメだ」と考えてしまう場合、それがわかるだけではすぐには解決せず、かつ症状に強く影響を及ぼしています。そうした場合は、実際にその「くせ」に介入することが必要です。代表的な介入の方法は、次のようなものがあります。
たとえば、どんな出来事でも「だから自分はダメだ」と考えてしまうように、考えのくせがあり、それが症状を悪化させている場合は、その「考えのくせ」の調整を行います。一言でいうと「別の見方(考え方)を探す」ことです。自然に見つけられれば楽ですが、不調なときほど難しいので、意識して探していきます。
多くの物事は、どの視点から見るかで、いい面、悪い面の両方があります。調子のいいときは、その両方をバランスよく見ることができます。一方で、考えのくせが出ているときは、しばしばどちらか一方(多くは悪い方)だけを見てしまっています。なので、ここでは、意識的に、くせの考えについて、「それが正しい根拠」と「それに反する根拠」を書き出して、その両方を見てみます。両方を距離を取ってながめた結果、「くせ」と比べるとバランスのとれた見方(考え)をとれる場合があります。
実際に、くせの考えが正しいかを、周りに聞くなどして、確かめる方法です。
聞くなど、実際に調べられるものに限られますが、調べた結果は、客観的なデータとして強力なので、その結果、新しい考え(見方)が出てくることがあります。
もし他の人が、自分と同じような体験をしたらどう考えるかを想像します。特にうつ状態などにあると、他人だったら「仕方ない」と考えるだろうと思っても、自分だと「取り返しがつかない」と考えるといった、「自分と他人での基準の違い」が出てきます。それを逆手にとって、他人ならどう考えるかを、別の考えとしてみます。
このように、ほかの立場の視点に立ってみると、いろいろと新しい考えが出てくることがあります。
このように別の考えを見つけて、取り入れてみると、その前にあったつらさが、変化することがあります。これを、表にまとめると、次のようになります。
(1)では、考え方(認知)の調整を行いましたが、ここでは「行動」の調整を行い、そこから感情や体の感覚等の改善を図っていきます。まず、前提として、行動と感情の関係を見ていきます。
運動した後、気分が晴れやかになった経験はないでしょうか。体を動かすと開放的になり、気分も上がってくるのは、体験的にも言われることですし、精神医学上もその通りです。なので、気分をあげたいときは、よく動くといい、といえます。
一方で、不調の時は、よく動くことをしているでしょうか?しばしば、その逆になっています。うつ状態の方の例だと、下図のように、落ち込む→何もする気がしない→何もしない→さらに落ち込むの悪循環になっています。無意識だと、この悪循環にはまってしまうので、どこかで(気分に反して意図的に)動くことが有効になります。
しばしば、「もう少しやる気になるまで待つ」などの言葉を聞きます。動くのが先か、気分が上がるのが先か。残念ながら、特に悪循環の時は、待っていても気分は上がってきません。なので(気分はどうであろうと)まず、動いてみることが必要です。
この3つの前提を踏まえると、行動を、次の方向で調整することになります。
これを具体的に行うのが、以下に紹介する行動活性化です。
起きてから寝るまで、実際にどのような行動をしているか、及びその各行動に、どのくらいの楽しさ(P)と達成感(M)があるか(0-10)を書き出していきます。可能なら1週間分かけるとパターンが見えやすいですが、まずは1日分で構いません。 例えば、次のような例になります。
それぞれに行動のパターンがあり、その中で、どの活動を楽しめたり、達成感があるかが、書くことで見えてきます。上の例では、生活リズムは規則的ですが、寝たりTVのことが多く、また一方で、それらよりも散歩など、外に出る方が、楽しさ、達成感とも高いことがわかります。そのため、この人の場合は、「生活リズムを保ちつつ、外に出る活動を増やす」ことで生活の質が上がりそうです。
一般的に、抑うつ状態の時に増やしたい行動、減らしたい行動は、次のようになります。
うつ状態、活動の低下した状態では、「活動を増やす(活性化)」が目標になりますが、躁状態・興奮状態のときはかえって「活動を増やす」ことが病状の悪化につながるので、状態を見ての判断が必要です。なお、躁・興奮のときは、むしろ「刺激になる行動を減らす」ことを目標とします。
実際にどんな行動を増やすかを、表に書きだして、検討してみます。その際、①楽しさ②達成感③難易度(各0-10)3つの観点から検討します。
検討した結果、達成感・楽しさと難易度のバランスがいいものを選んで、どこかで実行していくことになります。(上の場合は、おそらく「友人と遊ぶ」になります)
その際、漠然としたものだと実行が難しいので、できるだけ具体的で、実現可能なものにします。また、気分的な迷いが出るときは、無理しない範囲で、「とりあえずやってみる」ことが大事です。
Step3で置き換えると決めたことを、実際に具体的な予定として計画し、実行に移します。実行した後で、気分がどう変化したかを振り返ります。うまくいったなら、その行動を今後継続したり増やしたりします。うまくいかなかったら、修正して行ったり、別の置き換えることを探して実行していきます。
あとは、「減らしたい行動→増やしたい行動」への置き換え(Step2-4)を、繰り返し行っていき、徐々に行動パターンを変えていきます。
ここまでは、考えや行動のくせを調整して、状態を改善することを考えました。ただ、もし原因が考えや行動のくせではなく、「実際に大きな問題を抱えている」ことの場合は効果が乏しく、その場合は、実際にある問題を「解決していく」ことが重要になります。ただし、いくつかの場合において、やるべきことは分かっていても解決が難しい場合があります。
こうした場合に、助けになるのが、これから紹介する「問題解決技法」です。様々な種類の技法がありますが、ここでは代表的なものとして
を紹介します。
どんな問題も、単純な要素の組み合わせで成り立っています。たとえば、「飲み物を買ってくる」ということであれば、「支度する→お金を準備する→家から出る→店まで行く→店で買う飲み物を探しだす→飲み物を会計に出す→お金を払う→飲み物とおつり、レシートを受け取る→家まで戻る」という一連の要素から成り立っています。複雑なことでも、(数は多いかもしれませんが)同様に、一連の要素に分解することができます。こうして分解することのメリットは、以下のようなものがあります。
分解できたら、各要素ごとに難易度を(0-10など)書いてみます。そうすると、案外、思っていたよりやりやすいことが多いのに気づくでしょう。
ただ一方で、要素に分けても難しい(難易度が高い)場合もあります。その場合は、そこに対策を取っていきます。
難しいと感じる原因の一つに、「要素に分かれきっていない」ことがあります。たとえば、「家を片付ける」要素として「洗濯する」というものがあり、それが難しかったとします。
ただ、よく考えてみると、この「洗濯する」という要素は、さらに「洗濯物を集める→洗濯できるものを選ぶ→洗濯機の電源を入れ、洗濯物を入れる→終わったら干す→回収してたたむ」という要素に分解できます。こうして、難しいと感じたものはさらに細かく分解することで、やりやすくなることがあります。
問題の解決方法は一つではありません。別の、よりやりやすいことで置き換えることで、やりやすくなることがあります。たとえば、同じ「買い物をする」ことであっても、「デパートで買い物をする」から「近くのコンビニで買い物をする」「ネットショッピングで買う」などで代用することができます。「部屋を掃除する」ことも、必ずしもすべて完ぺきにやることはなく、「床はしっかりふく」や「手で拾えるごみは捨てる」でも大丈夫です。
要素において「判断する」必要があり、それで難しいと感じることがあります。(「実行する」要素の中に、「判断する」という別の要素が混じる場合)その場合は、予め判断をしておくか、「その場で判断する」と決めることで、負担が小さくなります。
すぐに判断できるときはいいですが、もしすぐに判断しにくい時は、次の②の技法を使って判断していきます。
「判断が必要な問題」に対して、具体的に複数の解決策を考えて、一つを選んで、実行していくやり方です。多くの人は、無意識のうちにこうしたことを行っていますが、それをより意識的に、段階に分けて、客観的に行っていきます。具体的に、順番を追ってみましょう。
まず、判断を要する問題を具体的に設定します。(複数のやり方があるが、そのうち一つを選ぶ必要があるものです)あいまいにせず、明確に設定します。
思いつく解決策を考えだしていきます。評価などは後で行うので、ここでは「無理だ」などの判断はせずに、できるだけ多く考えだすことに集中します。
考え出した解決策それぞれを評価していきます。それぞれに長所と短所を書いて判断する方法と、達成感とできる可能性を書いて判断する方法があり、組み合わせると有効です。
各解決策の評価を見たうえで、実際やる解決策を決定します。
決定した解決策を実際に行う行動の計画を立てます。ここでも、具体的に、必要があれば分解して書くと実行しやすくなります。
実際にやってみます。うまくいけば一番いいですし、もしうまくいかなくても、反省点を整理して、次につなげることができます。
実際やってみた結果を振り返ります。うまくいったことは大事にしつつ、改善できる点、発見したことがあれば、それを生かしていきます。
認知行動療法では、過去より「今」に注目しつつ、出来事に反応する脳の機能を認知(考え)、感情、行動、体の感覚の要素に分けて考えます。そして、直接は変えにくい感情や体の感覚を改善するために、変えやすい認知(考え)や行動に注目します。まずは具体的な出来事で自分がどのように反応しているかを調べ、書き出すことで自分を客観的に見ていき、もし見るだけでは修正することが難しい場合は、認知再構成法(考えの修正)、行動活性化(行動の修正)、問題解決技法(問題の解決)といった専門的な技法も使って、状態の改善を図っていきます。