こころの不調の予防、改善、再燃予防のすべてに、ストレスに有効に対処する「ストレスマネジメント」の技術が重要です。
要点は、ストレスを「ためない」「発散する」「耐性をつける」の3つです。日々の取り組みの反復が獲得に重要です。
当院には、うつ病や適応障害の「うつ病圏」の方が多くいらっしゃいます。それらの方において、病状を改善し、その後再燃を防ぐためには「ストレスをいかに対処するか」が非常に重要です。そして、その他のこころの不調の方にとっても、このストレスの対処のことは、病状に大きく影響します。幅広い方の精神状態にとって重要なストレス対処、言い換えると「ストレス・マネジメント」について、ここで述べていきます。
一般にも知られているように、ストレスのかかりすぎは、精神、身体に様々な影響を与えます。具体的には、次の影響が考えられます。
一般に、適度なストレスは集中を高めるのにいい、と言われますが、それは「適度」の範囲に限られます。過剰になれば、かえって集中できず、効率が落ちる結果になります。そして、効率が落ちた結果、さらにストレスが高まり、効率が落ちる悪循環にはまってしまう恐れがあります。
過度なストレスによって、自律神経のバランスが、緊張を反映する交感神経優位になり、バランスが崩れます。その結果、「自律神経失調症」と言われるような、様々な形での身体の不調や症状が出現します。その中でも、睡眠への影響が重要であり、緊張→不眠→さらなる緊張の悪循環にはまる恐れがあり、注意が必要です。
過度なストレスは精神面にも影響を及ぼし、不安、抑うつ症状などを引き起こします。もとに不調がなくてもストレスから抑うつ状態に至2場合(適応障害)があります。また、もとにこころの不調(うつ病、パニック障害など)がある場合は、過度なストレスが、病状の悪化をもたらすことがあります。
上記のように、過剰なストレスが心身双方に影響を及ぼすため、ストレスを適度に調整するストレスマネジメントの技術が重要になります。このことは、すでに幅広く知られていると思いますが、一方で、その実践は、なかなか簡単にはいかないことが多いです。
ストレス関連の本には、様々なストレスに関しての理論がありますが、一方で、ストレスマネジメントの実践には、単純でも、日々取り組みを続けることが、結果として重要と考えます。その点を踏まえて、ストレスとその対処のために、非常に簡略化した、以下のモデルを示します。
上の図において、水がストレス、浴槽が、私たちになります。水があふれた状態が、ストレス過剰の状態で、心身双方の影響が出ることになります。
この図においては、ストレスマネジメントの目標は「水があふれないようにする」ことに単純化されます。そのためには、
が重要になります。では、この目標を果たすにはどうすればいいか。短期的には
単純ですが、この実践が重要になります。そのためには、具体的には、次のような方法があります。
これらの中で、特に重要なものは人によってそれぞれですが、そこに重点を置きつつ、実践を繰り返すことが、シンプルですが重要な対策です。以下、これらの対策を具体的に見ていきます。
かかるストレスが減れば、結果として過剰になる(あふれる)リスクも減ります。一方で、ストレスは物と違い、人が環境をどうとらえるか(認知)によっても影響を受けます。そこに重点を置き、対策を見ていきます。
文字通り、ストレスを強く自覚する環境を変えることで、ストレスを減らす方法です。会社でいえば、部署などを変える方法です。環境自体、もしくは環境との相性の要素が強い場合は有効性が高くなります。一方で、環境を変えても、今度は新しい環境でストレスを強く感じることを繰り返すリスクはあります。対策としては、自分自身の長所や短所、考え(認知)のパターンを知ることがあります。自分の特徴を把握することで、結果として合う環境が見えてきやすくなります。
ストレスは環境や出来事のみでなく、環境や出来事を「どうとらえるか(認知)」によっても影響を受けます。もし、「自分を否定する」等の認知のかたよりが強い場合、様々な環境や出来事が、よりストレスの強いものと自覚されるようになります。この場合は、環境調整を行っても、別の環境を強くストレスに感じるリスクが高くなります。このような場合、自分の考え(認知)のくせを知り、必要なら調整することで、自覚するストレスを減らせる可能性があります。(くわしい方法等は、「認知行動療法」のページ参照)
対人関係は、子供のころから、形を変えながら繰り返し経験され、社会生活においても多く繰り返されます。そして、これまでの経験で、人それぞれ、様々な対人関係のパターンやくせを身につけています。意見を言えずストレスをためるなどのくせがあると、環境を変えても同様の「ストレスのかかる対人関係」が反復され、ストレスからの不調が再燃するリスクがあります。こうした場合は、自分の対人交流のパターンを見直しつつ、必要ならアサーション(適度な自己主張)などを反復練習し、よりストレスのかからない対人関係の技術を身につけることが有効になります。
生活する以上、工夫してもストレスが一定たまることは避けられず、突発的にストレスが重なることもあり得ます。それをいかに発散によって減らすかが重要です。方法論としては「日ごろからうまく発散する」ことと「集中的に発散する」ことの2つがあります。「発散は誰でもできる」との意見も聞きますが、ここで重要なのは効率性です。以下に、自分に合った方法論を見つけ出して、より多く、効率的に発散できるようにするか。その探索と練習が重要です。
ストレスも、たまった分を発散し、溜め込まないようにすることが基本です。巷でも様々な発散法が言われており、探すことだけであれば、今では困難ではなくなっているようにも思えます。一方、ここで重要なのは「自分に合った発散」を見つけ、組み立てる事です。そのために参考になる視点を、いくつか示します。
様々なストレス発散の方法が知られていますが、これは「一般的に有効とされている」方法であり、相性に関しては言及されていません。どの方法があっているかは、その人によって大きく異なります。試してみる→(あとで)効果を振り返る、この繰り返しで、自分に合った方法を見つけることが重要です。
たとえば「大量にお酒を飲めば発散できる」という人がいます。発散の面では、一見正しく見えますが、これは短期的な面のみです。長期的には、酒が残って不調が続く、身体に影響が出るなど、悪影響が目立ってきます。一方で、運動などは、短期的には効果を実感しにくいこともありますが、続けることで、長期的にストレスを継続的に発散できるようになります。このように、長期的に見て有効な方法が望まれます。
それぞれの発散方法は、状況や体調などによって、効果が異なってきます。以前はうまくいったが、今回はうまくいかない、といったことも出てきます。こうした時、発散方法が少ないと、とたんにストレスが発散できない状態になります。一方、多くの発散方法があれば、一つがうまくいかなくても、別の方法、別の方法と試していくことが可能になります。できる限り多く(できれば10個以上)発散方法を持っておくことが望まれます。
たとえば発散方法が「バーベキューに行く」「遊園地に行く」「旅行に行く」の3つだったとします。この場合、長期の休みがあれば様々に発散可能ですが、もし休みが取れない場合、発散できず、ストレスがたまってしまいます。忙しさや環境、金銭面など、状態は様々に変わることを踏まえて、様々な特性の発散方法を持つことが望まれます。たとえば、
などです。様々な特性の方法を組み合わせることにより、状況に左右されず、ストレス発散を継続することができるでしょう。
意識的に発散を行わなくても、日々の生活の中で自然にストレスを発散できている場合があります。生活の中の行動が「楽しめている」もしくは「達成感がある」と、その機能が強くなります。一方で「なんとなく」の行動が多いと、発散効果は弱くなりがちです。日々の生活を見直し、「楽しみ」「達成感」を感じられる行動を増やすことが行動活性化であり、日々の中での自然なストレス発散に有用です。(具体的な方法は「認知行動療法」のページ参照)
特定の大きな問題があり、それによってストレスを強く自覚している場合、ストレス発散や行動活性化で、一時的にストレスを減らしても、再度、その問題からストレスがたまってしまうことがあります。この場合は、何らかの形で、その問題を解決すること(問題解決)が重要になります。(方法は「認知行動療法」のページ参照)
解決できるに越したことは無いのですが、状況によっては解決が難しいこともあります。その場合は、無理して解決にこだわりすぎると、かえって悪循環にはまってしまう恐れもあります。その際は、発想を変えて、「割り切る、受け入れる」ことが有効になることもあります。
ストレスや問題があったときに相談できるなど、サポート体制が充実していると、そこで対処や発散が行いやすくなります。一方、孤立してしまうと、考えすぎ、さらにストレスを自覚する悪循環にはまる恐れがあります。もし、すぐ相談する先が見つからない、などの場合は、どこに相談できるか、自分にとっての「サポート体制」を整理、調整していくことが有効になりえるでしょう。
症状の改善のためには、まずはこれまで述べてきたように、ストレスのたまる量を減らし、発散を増やすことの対策が有効です。一方で、社会生活においては、どうしてもストレスが継続してしまう場面も見られます。こうした時に「水があふれない」ためには、浴槽を大きくする、言い換えればストレス耐性を強くすることが重要になります。
最近注目を集めている「自分の状態に注意を払うことに集中する」技法です。体や心理的な状態を練習で観察できるようにすることで、ストレス状態を把握しつつ、必要ならリラックスなどを行い、ストレスに対応しやすくすることを目標の一つとします。運動する人にとってのストレッチ運動(準備体操)と近い意味を持つ「こころのストレッチ」と言い換えられるかもしれません。
現代では、解決すべき情報が外部で多くなり、ともすると「自分の状態」への注意が不足になり、その結果ストレスにもろくなる場合があります。そうした場合に、この技法が有効になりえます。技法としては、呼吸に注目する方法、体の状態に注意を払う方法(ボディスキャン)など様々あり、時間をかけるものから、短時間で行えるものもあり、それを組み合わせることも有効です。(詳細は、関連書籍をご参照ください)
テレビ等で、スポーツ選手が過酷なトレーニングを続けていることを見ることがあります。視聴者としては、とてもまねできないな、とも感じたりするのですが、では、なぜ彼らはそれを実践できるのでしょうか。大きな理由としては、それが目標(金メダル等)につながることがあります。もし、メダル等は全くなしで、練習だけをしろと言われたら、同じ集中力で行うことは困難と思われます。
これはやや極端な例ですが、目標や目指すこと(コミットメント)があることで、ストレスに持ちこたえやすくなるとは言えるでしょう。逆に、動機付けがぼやけたときは、ストレスにもろくなる危険があるので、その際は、自分が何を目指していきたいのか、見つめなおすことが有効になりえます。
風邪をひくなど、体調が悪い時に、ちょっとしたストレスでイライラした経験はないでしょうか。体調と、脳の機能は連動するため、体調不良は、ストレスにもろくなる原因となります。そのため、できる範囲で、健康状態をよくしていくことが、ストレスに持ちこたえる状態を作るためにも重要です。身体疾患など、解決が難しいもののありますが、たとえば生活リズムや食習慣など、取り組みやすいことから取り組んでいくことが重要です。
体調と同様に、疲労も、ストレスへのもろさの要因になりえます。そのため、「疲れにくい」状態を作っていくことが有効になります。そのために、体力があることにこしたことはありません。この場合の体力は、瞬発力的な筋力より、仕事などの活動でも疲れにくい持久力を意味します。そうした意味で、日ごろから、散歩する、ストレッチするなどの運動を継続していき、体力を養っていくことが有効です。(この場合での運動の意義は、誰かに勝つなどの競争ではなく、自分自身の潜在能力をしっかり引き出すことにあります)
「ストレスの対策と言っても、ストレスを避けさえすればいいじゃないか」との話を聞きます。これは一理はあるのですが、当てはまらない面も実際にはあると考えます。
不調の方がまず症状を改善するためには、短期的にはまずストレスを減らすことが有効です。一方で、長期的にストレスを避け続けた場合、その中では調子はいいのですが、ストレスがかかったときの耐久力には、課題が残った状態が続きます。長期的な視点で「ストレスへの耐久力を増やす」には、むしろ適度なストレスに慣らすことが有効になります。(もちろん、不調が強い時(急性期)は休養が望ましいですし、安定期でも過剰なストレスは再燃につながり逆効果です)
理想的には、マインドフルネスなども活用して自分の状態を観察しながら、体調を管理しつつ、かかっているストレス量を適度に保ちつつ慣らすこと、これを継続することが有効です。
ストレスと精神状態はしばしば連動するため、ストレスマネジメントは非常に重要になります。そしてその達成には、できるだけシンプルに目標を設定し、状態を観察しながら日々反復して実践していくことが重要と考えます。この項で示したモデルはいささか単純ではありますが、実践の上で、参考になると幸いです。